患者さまからのお手紙

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2018年11月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月20日

私は2年、他院で不妊治療をしました。採卵では、1~2個しかいつも取れなくて、顕微授精をするのですが、受精して、体内に戻して 妊娠はせず...受精卵ができないことも何度かありました。37才で通い始め、気がつけば2年も経過していて、40才目前にしてとても焦りました。お金と時間だけが無くなっていく現実に、夫婦2人で途方にくれる気持ち...助成金が受けられるのは残り2回となった時、今の病院ではダメだと思い、浅田レディースクリニックに行こう!って、夫婦で話し合いして直ぐに説明会も予\約しました。
浅田先生のお話を聞いて、やはり浅田レディースクリニックで治療したいって強く思いました。最初に通っていた病院では、先生がとても良い方で、全てお任せできると思っていました。でも、いくら先生が信頼できても、培養士の腕次第で大きく変わることをその時は知らなくて、浅田レディースクリニックに行き、培養室の見学でもマンツーマンでその時は説明受けることができ、本当に納得して治療がスタート出来ると思ったことを忘れません。こんなことなら、最初から遠くても、浅田レディースクリニックにこれば良かったと何度思ったことが分かりません。
2度の採卵後、移植して直ぐに妊娠し、経過も良好で無事に出産することができました。移植のタイミングなども、ベストなタイミングへ導いてくれて、皆さんのお力で大切な命を授かることができました。
治療を始めるのは、早いに越したことはありません。迷うならまず、1日も早い決断、行動をしてほしい。多くの妊娠を望む方全てに、声を大にして言いたいです。迷ってるのは、1人じゃない、本当に多くの不妊の方が通われていて、私も通われる皆さんに救われました。1人じゃないんだって事を知ってもらいたい、そして、頑張って諦めないでほしいと思います。

レター

2018年11月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月13日

高齢二人目不妊でお世話になりました。私は結婚が遅かったので1人目を39才で出産した後、2人目不妊で浅田レディースクリニックにお世話になりました。初診説明会より通うこと半年、顕微受精にて41歳で妊娠、42歳で無事元気な女子を出産する事ができました。3年ぶりにかけがえのない赤ちゃんをこの手に抱くことができ、今心から穏やかな幸福感にひたっております。これも全て浅田レディースクリニックチームの皆さまのプロフェッショナルな医療体制のおかげだと感謝の気持ちでいっぱいです。
私自身の経験として、高齢の不妊治療に一番必要なのは、やはり何よりも「確実性」と「スピード」です。体外受精は通算4回目での妊娠でしたが、一日も早く、最短で確実に妊娠に近づける浅田レディースクリニックを本当にお勧めします。世の中にはいろんな不妊治療の看板を掲げる病院があります。確かに妊娠の確率が多少低くても、長く通えば通算の妊娠率は高まります。なので時間のある若い方は、ひとつの病院を信じ、チャレンジし続ければ(私の前の病院でも不妊治療で妊娠された方も大勢います)いつかは妊娠できるかもしれません。ただ私のような高齢だと採卵は一回一回がラストチャンスのような貴重なものなので、浅田先生がおっしゃるように一日でも早いほうがいいんです。今日の卵が一番若いのです。またその貴重な採卵をした卵を確率の低い手法で扱ってもらうほど時間も卵もない私のような高齢な方は、浅田レディースクリニックのような信頼できる「確実性」のあるクリニックが必須だと思います。
振り返ると昨年10月の初診説明会に参加し、浅田レディースクリニックにお願いする気持ちを固めました。先生が淡々と語られる不妊治療の事実、卵の老化、エビデンス、時間等の話に信頼できるお医者様だと安心した気がします。10月に初診を受信してから、順調に11月中に7個採卵することができ、うち3個受精しました。次は胚移植でしたが、少し受診の日にちがずれたので一周期キャンセル、2周期目は排卵してしまったのでキャンセル、3周期にしてようやく卵を戻す事ができ、その1回で妊娠する事ができました。
初めは信じられなかった妊娠ですが、順調に心拍も確認でき最短半年での卒業でした。実は浅田レディースクリニックの門をくぐる前、地元では有名な不妊治療専門のクリニックに1年半通いました。そこではタイミング→人工授精1回→体外受精3回しましたが妊娠に至りませんでした。そこの先生は状況説明が本当に少なくいつも「大丈夫、期待しましょう!」としか言わずにほぼ毎日通院させる先生に対してモヤモヤした気持ちが常にありました。いろいろ迷いながらもう年齢的に時間がないのもわかっていましたので、もっと確かな技術と実績のあるところで最後の体外受精をしたいと思い、思い切って浅田レディースクリニックの門を叩きました。
私の決断は間違っていなかったと確信しています。今思うと、前のクリニックは不妊治療専門でも説明内容、採卵のタイミング、HCGの注射等、全く進め方が違いました。結果が出なくても時間も心身削られながら、不安を感じながらも、何年もその病院に通い続けている患者の多いこと!もし今不妊治療をして結果が出ずに悩んでいる方がみえたら、時間を消耗する前に浅田レディースクリニックのプロフェッショナルなチームで治療されることををお勧めします。
最後に、私のように高齢でも採卵した受精卵が1つ残ったのですが初診から治療方針を一緒に決めてくれた男性のお医者様が(もしもう一人希望されるならお早めにお越しくださいね)と優しく言ってくださったのがすごく嬉しかったです。この素晴らしい奇跡をありがとうございました。浅田先生、お身体には十分お気をつけてまだまだたくさんの方に幸せをお届けくださいますようご活躍をお祈りしております。

レター

2018年12月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月13日

結婚から丸8年。ようやく我が子に会えました。結婚当初から妊娠を希望していたため、基礎体温をつけ、排卵検査薬を使うところから始め、近所の産院で簡単な不妊検査を行い、多嚢胞性卵巣症だけれども、自然妊娠も可能という言葉を信じ、そのまま数年が経ちました。
結婚4年目になり、不妊治療を専門とする病院に転院し、再度検査。やはり多嚢胞性卵巣症と言われ、排卵誘発剤を使用した、人工授精を何度かしましたが、実らず。映画 Sex and the cityで主人公の友人シャーロットが自分の体が、旦那さんの精子を殺してしまうというシーンを見て、自分もこれではないかと病院に相談。せめてフーナーテストだけでもやれないかと聞いたところ、貴方はまだ若いから大丈夫と言われました。その時32歳です。そんなものかと思いつつ、仕事も忙しかったので、また数年が経ち。仕事のストレスで甲状腺を腫らし、子宮筋腫ができ、体がボロボロになったタイミングで、一度仕事をセーブし、いよいよ浅田レディースクリニックを受診します。
まず驚いたのは、最初にすべての可能\性(不妊原因)を調べてくださること。血液検査一発で、抗精子抗体強陽性と発覚し、顕微授精以外に妊娠の可能\性がないことがわかりました。ショックというよりは、やっぱりね!!という気持ちの方が強く、顕微授精への飛び級ステップアップにも全く抵抗はありませんでした。1回目の顕微授精で妊娠し、元気な女の子を出産しました。私の親世代は顕微授精=不自然な妊娠と心配していましたが、生まれてきたが子供を見て、とても元気で、五体満足な様子にようやく、偏見だと気づいてくれたようです。
子供が生まれて5か月ですが、いまだに、寝顔を見ているだけで、喜びで涙が出そうになります。あの8年間はなんだったんだ。電車の中でマタニティーマークをつけた女性がいると必ず席を譲り、自分は一生「席を譲る側」でいなくてはいけないのかと、不安で泣き出してしまったノイローゼの日々はなんだったのかと思ってしまいます。
不妊治療は終わりの見えない旅で、実らないことももちろんあります。私は顕微授精にステップアップし、我が子に会えました。やらないで後悔するよりは、やれるところまでやったと思える方が、幸せではないかと個人的には思います。子供に会いたくて頑張る皆さんを心から応援しています。

レター

2018年12月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月13日

38才の時、乳がんがわかりました。ホルモン反応性のがんだったため、主治医に妊娠するとがんがあっという間に大きくなる可能性があるため、すぐに妊娠してはいけないといわれました。 結婚したばかりで、すぐに子どもを産みたかったけれど、断念し、主治医が「受精卵凍結という方法もある」と勧めてくださったので、様々調べて不妊治療で名高い浅田先生のところにお世話になろうと決めました。
乳がんの手術の後、本来すぐに経口のホルモン療法のタモキシフェンをはじめなければならなかったのですが、主治医に受精卵保存のため少し待っていただきました。 浅田先生に事情を説明し、緊急で卵を採取する必要があることを伝えると、本来何ヶ月も待たなくてはならない説明会に早々入れてくださり、すぐに2ヶ月続けて卵を採取し、受精卵凍結に至ることができました。
タモキシフェンの標準治療は5年間で、催奇形性があるため、治療が終わって2ヶ月以上あけて卵を戻す必要があります。 乳がんのステージは1で早期だったため、主治医の許可のもと、4年で治療を終わり、その2ヶ月後、凍結受精卵を戻ために浅田レディースに行きました。
がん治療で生理はとまっていましたが、生理をおこし、1回目の胚移植ですぐに妊娠にいたることができました。43才で戻し、44才で出産したことになります。 乳がん患者会には、がん治療により、出産をあきらめた人が多くいました。5年のがん治療のあと、やっと妊娠許可が出ても、そのときには卵子が老化してできなかった人が大半でした。他にも、小児がんに罹患していたことが原因で妊娠ができない知り合いの話を聞くこともあります。
がんでも、がん治療も妊娠も諦めることなく、両立できる時代を切り開く先駆者としての高い技術をおもちの、また個々の事情を汲んで最善の対応をしてくださる浅田先生のクリニックのことを、多くの悩めるがん患者さんに事前にお知らせできるといいのにと思います。 生まれた息子は、5ヶ月になりますが、異常なく元気に育っています。よく笑い、よく甘え、夫もかわいくてたまらないようです。
凍結受精卵はまだ残っているのでもうひとり、できたらいいな、と思います。私の場合は、特殊な事情でしたが、普通に不妊治療をされている方、何より技術がよいクリニックですので、出産するまでは不安だと思いますが、クリニックを信頼して、頑張ってください。
治療を迷っておられる方は、やはり年齢がひとつの勝負なので、一刻も早く開始されることをお勧めします。

レター

2018年12月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月13日

自分が不妊治療を受けるのは予想もしていないことでした。周りの友達からの妊娠報告や出産報告や、知り合いからの何気ない「子どもはまだ?」「子どもかわいいよ」の言葉に何度も傷つけられました。街中でベビーカーや子連れや、子どもや出産に関するテレビやネットを自然と目をそらすようにもなりました。特に何度もうまくいかない時は、本当に親になれるのか、いつまで続くのか、先の見えない治療に嫌気をさすこともありました。
また、本来ならば自然と出来ることが出来ないことに、女性として欠陥があるように思え、自分を責め続ける毎日でした。ただ諦めたくなかった。希望を持ち続けたかった。主人も辛かったと思いますが、いつも同じ方向を向いてくれていたので、それが本来に支えになりました。
今、我が子を抱き、「子どもを授かったことは当たり前ではなく奇跡なんだ」と強く感じ、「産まれて来てくれてありがとう」といつも話しかけています。辛い不妊治療があったからこそ、主人との絆も、我が子との絆も深まったように思います。今までの人生の中で当たり前ですが辛いこともたくさんありました。ただ自分が努力したり、精一杯頑張れば、何とか乗り越えてこれました。そういう意味では不妊治療は自分がどれだけ努力しても卵子を若返らせることも出来ず、うまくいかないことも多く、神のみぞ知ると言う状況です。
現状を受け入れ、今できる精一杯のことをして、納得出来るまでやってみることが一番大切だと思います。辛いときは少し休んでも、愚痴ってもいいと思います。
浅田先生はじめ、スタッフさんを信じ、自分が納得出来るまで、夫婦で頑張ってください。私もこの奇跡に感謝して、我が子との時間を大切にしたいと思っています。

レター

2018年11月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月 6日

私は一昨年の6月から治療を始め運良く最初の移植で妊娠することができましたが、喜びも束の間で流産となり、その後の治療は最初のようには上手く進まず不安になることもありました。それでも先生方の励ましや次から次へと立ち止まることなく組まれていくスケジュールをこなしていくことで悩んでる暇もなく治療を続けていました。その後2度目の移植で再度妊娠することができました。それでも前回のことがよぎりずっとずっと不安でしたが昨年の今頃無事浅田LCを卒業することができました。
今思えばこの歳でこんなにスムーズに授かることが出来たのは奇跡のような気がします。しかし間違いなく浅田LCでなければ叶えられなかったことだと心から感謝しています。浅田LCを卒業後は産院での最初の検診でいきなり切迫早産と診断され自宅安静となったり、安定期に入っても仕事しながら酷暑の夏を乗り越え、昨年秋に陣痛から3日かかってのまさに命がけの出産となりました。まもなく娘は5ヶ月になりますが、娘の元気な笑顔、泣き顔、寝顔すべてが愛おしく日々癒されています。もちろん母としてわからないことばかりで不安になることもたくさんありますが、家族や友人、そして何より娘に助けられながら毎日を過ごしています。
今回のアンケートで久しぶりに浅田LCでのことを振り返ることができ、改めて浅田LCの先生方、スタッフの方々皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。皆さまのおかげで最愛の娘に出会うことができました。本当にありがとうございました。
これから治療される方や治療中の方へのメッセージなど厚かましくて大したことは言えませんが、浅田LCを先生方を信じてついて行って欲しいと思います。素人の自分より何よりも詳しく正しい方法を知っているのは先生方なのだから。
長くなりましたが、皆さまのご健勝とご多幸を心よりお祈り申\し上げます。

レター

2018年11月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月 6日

浅田院長先生をはじめ、諸先生方、培養土のみなさま、看護師のみなさま、そして浅田レディースクリニックのスタッフのみなさま、この度私たち夫婦にかけがえのない我が子が誕生しました。浅田レディースクリニックのみなさまには感謝してもしきれないくらいです。毎日我が子の顔を見て、幸せを感じております。
私たち夫婦は不妊治療が必要とわかった時、治療に前向きでした。私はなかなか子どもを授かれないと思い、もしかして不妊症なのではと感じていました。体外受精でも難しいと言われた時にはさすがにこんなに待ち望んでいるのに、私には我が子をこの手に抱くことができないのかととてもショックでした。しかし顕微授精ならまだ望みはあると言われすぐに夫婦揃ってお願いしますと答えを出せました。
不妊治療は子ども授かるための治療なのだから不妊治療をすれば絶対お母さんになれると思っていました。しかし治療開始時は前向きに捉えていた治療ですが、治療を開始するにつれ徐々に前向きにはなれないことも増えてきました。それは様々なストレスでした。夫婦仲良くしていなければ子どもは授からないにも関わらず、夫婦間にも亀裂が入ることまでありました。自分のお腹に我が子が宿った時も不安でたまりませんでした。
治療中に流産も経験していましたので、またどこかへ行ってしまうのではないかと安定期に入ってもずっと不安でした。元気にうまれてきてくれるまで不安は尽きませんでしたが、我が子の姿を見たとき嬉しさのあまり涙が溢れてきました。不妊治療は長くなるととても辛い日々になってしまうかもしれません。ですが、今までに感じたことのない幸せを感じることができるかもしれません。
悔いの残らないよう、先生方を信じて、自分達に子どもが授かることを信じてとても良かったです。

レター

2018年10月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月 6日

26歳で結婚してすぐに子どもが欲しかったのですが、半年経ってもできなかったので、何かあるかもしれないと思い別の不妊治療専門の病院で診てもらいました。 自分も夫も特に何も原因や、問題などは見当たらなかったのですが、何も原因がなくてもできにくい夫婦もいるということを初めて知りました。その病院では、半年間の治療中に人工授精を経験しましたが、それでもできなかったので、最後の望みと思って、浅田レディースクリニックに転院をしました。
同じように検査をしましたが、やはりできにくい原因が見つかりませんでした。浅田レディースクリニックで、2回人工授精をしたあとに、顕微授精にステップアップし、2回目の移植で陽性が出て、出産まで至りました。夫婦ともに20代だったので、まだ不妊治療の病院に通うのは早いという考えもありましたが、どうしても欲しかったので、早めに行動できたと思っています。採卵時、移植時は28歳、29歳で出産しましたが、もしあと数年病院に通うのを迷っていたら、授かれていなかったかもしれません。
半年経ってもなかなかできない場合は、一度検査してもらうことはおすすめします。自分だけではなく、パートナーの方にも検査を受けていただく必要があると思います。そして治療を迷ってる方がいらしたら、とにかく早めに開始することをおすすめします。年齢が若いときに始めた方が、授かる可能\性は高いです。
今、生後半年になる娘と生活をしていて、本当に早めに決断して良かったと思っています。治療中は、金銭的にも経済的にも負担がありますが、浅田レディースクリニックの先生方、看護師さん、コーディネーターの方々を信じて、取り組むことができました。ありがとうございました。

レター

2018年8月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月 6日

私は検査をしても原因不明で妊娠せず、他病院で不妊治療をしておりタイミング→人工授精を5回行いました。その病院で体外受精の説明会にも夫婦で参加していました。説明を聞いた感想は、体外受精をしても授かる確率は半々かな......でした。そんな中、親しい友人に前から聞いていた浅田レディースクリニックの事が前から気になっていて、主人に相談をしました。費用は通っていた病院より高額、通うのも遠くなる、主人もまた検査へ1度は行かないといけない...当初、主人は乗り気ではなかったみたいです。でも私の中では、このまま今の病院で治療をしても妊娠出来なさそうだな...と思ったのと、自分の年齢的に早くしたい気持ちと、どうせやるなら費用がかかってもより妊娠が出来そうな病院が良かったのです。
主人も絶対反対ではなかったので、まずは浅田レディースクリニックの説明会に夫婦で参加をすることにしました。が、それが2,3ヶ月待ちでした!それに参加し、主人もここに転院しようと言ってくれ、それから通うようになりました。想像以上に通う回数が多く、待ち時間も長い事もあるし、患者さんも多いし...私は離職していたのでまだ気楽でしたが、毎回ランチをして気分転換して帰っていました!でも中には遠くから通われている方もいて、私はバスで30分ほどなので恵まれた場所に住んでいるなぁと思いました。
病院は綺麗だし、最新の機械も先生方の腕もあると思います。そしてこんなに不妊治療にいい病院があったなんて、他病院に通っていた1年間が勿体無かった......もっと早く来ればよかった...と思いました。それは私が今、無事に妊娠して出産して子育てをしているからかもしれませんが、他病院にかかられている方がこのメッセージを読んでいたら、今すぐにでも浅田レディースクリニックに行った方がいいですよ!と伝えたいです。
浅田レディースクリニックで妊娠をしなかったら他病院でも無理かな...と私は思います。

レター

2018年5月に出産された患者さまから

掲載日:2020年3月 6日

すでに生後半年がすぎてもいまだに信じられないくらい、我が子の存在は奇跡の連続で、毎日寝顔が神々しく、感謝の気持ちでいっぱいです。我が子に会いたいと願って、不妊治療をしてきたものの、最後の砦として貴院の扉をたたいた時は39歳。低AMH値、年齢、卵巣のう種(片側除去手術)とハードルがかなり高かったですが、ここでだめならあきらめよう、自分たちでやるだけやった、という思いが必要でした。結果的に浅田院長先生には説明会の時のみ、以後1度もお会いすることなく卒業、でしたがチーム浅田として受付の方から看護師さん、先生、どの方にお会いしても私は不安になることはなく、気持ちのアップダウンに振り回されないよう、粛々と治療を進めていきたい中で、高度な医療を提供しているという貴院全体の自信に信頼を寄せながら治療を受けることができました。
それでも、様々な結果に必要以上に傷つかないよう、また、やるだけやったの中に自分を労る努力もした2年でした。具体的には卵巣嚢腫からすぐに他院で体外受精を試みたものの、自分自身の体が妊娠にむけて準備できていない気がして、治療はあえて1年休んでしまいました。その間、鍼灸に通い、心身ともに前向きに治療に取り組めるように準備をしました。友人にも7年かかった等不妊治療の経験は身近に聞いてはいましたが、基本、孤独な治療です。ストレスが一番よくない気もしましたし、夫婦二人で力を合わせないととても乗り越えられません。このクリニックの距離感というのか粛々と進めていく感じは私たちに合っていたと思います。それでも、移植時に最後羽柴先生が手を合わせた姿はとても印象に残っていて、どんなに進歩している医学でもまだまだ人間の及ばない領域なのだなと思わずにはいられませんでした。
医療現場において、祈る姿(私にはそう見えたのです)は普通不安になるかもしれませんが、技術におごることなく、最後は人間の神秘に願う姿は、いくら自信があっても、「生命に対しての基本姿勢」を垣間見た気がして妙に感動、安心したのを覚えています。私たちの場合は本当にこの1年でだめだったらあきらめよう。と話し合っていたので覚悟をきめていただけに、妊娠がわかったときは涙がとまりませんでした。それでも高齢出産は様々なハードルがあるため、安定期をすぎてもあまり多くの人には伝えずにいました。不安を掘り下げればキリがないのはわかっていたのですがどうしてもいつも不測の事態、を心のどこかで覚悟しながらでした。しかし最後は自分の、我が子の、命の力を信じること。で心の平安を保っていたと思います。
まだまだ書き足りませんがおかげさまで我が子が生まれるまで多くの人に助けてもらいました。この場を借りて浅田レディースクリニックの誇り高きみなさまに感謝いたします。

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