患者さまからのお手紙

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2018年1月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月24日

私は結婚が遅く40才の時でした。妊娠は無理かなと半分諦めていたのですが、何も努力せずに諦めるよりやれることはやっておこうと41才で不妊治療を始めました。受診前説明会で妊娠のこと卵子のことなど浅田先生よりお話していただき目からウロコが落ちる思いでした。妊娠ということに焦りもせずにいた自分、卵子についてあまりにも知識がなかった自分に愕然としました。
私は年齢も高く、AMHの値も低かったので最初から体外受精での治療となりました。最初の採卵で受精卵が3つでき移植したのですが妊娠に至らず涙しました。次からは受精卵をある程度確保しようと採卵に重点を置いて治療を進めていったのですが、1個しか採卵できなかったり、3個採卵できても受精卵が一つもできなかったりと受精卵を6個確保するのに1年くらいかかってしました。その後移植に移り最初の移植で妊娠に至りました。42才で妊娠、43才での出産でした。職場には急な休みを取ったりするので心苦しいと感じましたが、不妊治療は今しかできないので最優先に考えました。採卵しても受精卵にならなかったりすると自分はもう手遅れなのかなと辛く涙が出ることもありました。でも、諦めてしまうことの方が私には苦しくてとにかくやりきりたいと思いここまできました。
浅田LCの皆様のおかげで今は可愛い娘を抱くことができます。浅田LCだから迷いなく治療を続けることができました。不妊治療とは何か妊娠とは何か教えていただきました。そして私たちのために最高の技術と設備、接遇で対応していただき、先生や看護師、培養士、その他全てのスタッフの方々に感謝いたします。子供が欲しいと願っている方には「もう少し様子を見てから」とか、「働きながらの通院は大変だから」と先延ばしにせず少しでも早く不妊治療の一歩を踏み出して欲しいと思います。私がもう少し若かったら採卵の苦労も少なくて済んだかもしれないと思うから。

レター

2018年1月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月24日

仕事で転勤の可能性があったため、数カ月待ちでしたが、夫の考えで最初から名古屋で一番と評判の浅田レディースクリニックの説明会に申し込むことにしました。説明会に参加し、浅田先生の2年で結果を出すという言葉が頼もしく、早速治療を開始しました。できるだけ短い期間で結果を出したかったこと、また、AMHの数値も低かった為、すぐに顕微授精をすることにしました。
最初の採卵と移植では残念ながら結果が出ませんでした。予想通り、4カ月後に東京に転勤となり、その引っ越し直前に2回目の移植をし、何と妊娠判定。ただ、残念なことに、7週で心拍の確認できたのち、成長が止まって流産となりました。流産の辛さと東京から名古屋に通院する大変さ、金銭面の問題もあり、浅田レディースクリニックでいつまで治療をするかを考えてしまいました。あともう1回という思いで、2回目の採卵、移植をしましたが、結果がでませんでした。次に結果が出なければ、少しお休みしたいという気持ちを夫にも伝え、3回目の採卵、移植に挑戦。2個の卵を移植し、何と2個とも着床し、双子を妊娠。東京から通院していたため、先生にも配慮いただき、心拍確認後、すぐに東京の病院に通院することになりました。治療開始から、約1年3カ月ほどでした。
妊娠初期から、出血による切迫流産で寝たきり生活、つわりも加わり、仕事も休職。一旦、復職したものの、切迫早産で数カ月の入院生活。何とか、37週で無事元気な双子の赤ちゃんが生まれました。自分が双子の赤ちゃんを産んで育てているところは、治療を開始した頃は想像することもできませんでした。大変さよりもかわいさ2倍です。不妊治療は、体力的な負担よりも、妊娠していなかった時、やっと妊娠したのに、流産をしてしまったときなど、心身の負担が非常に大きいと感じました。浅田先生がおっしゃった2年で結果を出すということが患者にとって、どれほど重要かを感じました。夫の言葉通り、最初から浅田レディースクリニックに決めて、本当に良かったと日々感じております。本当にありがとうございました。

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2018年2月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月17日

私たちは42歳という高齢で、最初で最後と思い、1度だけ体外受精をしようと決心しました。
30代後半にはタイミング療法や、人工授精も一度行っていました。それでも授かることができなかったので、40代になってからは、夫婦二人で仲良く暮らしていこうと話していました。でも、実際42歳を目前にし、本当に最後のチャンスであることを実感し、このまま何もしなくて良いのかと再度思い悩むようになりました。そこで主人と相談し、ダメもとで1度だけチャレンジしてみようと決心しました。
20年程前に、今の私の状況だったら体外受精まではしていなかったと思います。医療技術が進み、体外受精もかなり身近な存在となった今だからこそ、臆病な私も踏み出すことができました。もし、最後にチャレンジして授かることができなくても、現在の最先端技術でもできなければ、赤ちゃんとのご縁がなかったと思えるよう主人とは話合っていました。病院探しは、何人もの友人に相談しました。そして皆が口をそろえて浅田レディースクリニックさんを紹介してくれました。ここでダメなら本当に諦めらる、最先端の病院で実施したかったので、迷うことなく門を叩きました。
通院中は、沢山の患者さんがみえて、本当に一人じゃないんだと勝手に同志のように思っていました。そして、それぞれが一人の時間を過ごす待合室の雰囲気も私にはとても合っていました。以前通っていた病院は、アットホームで、逆にしんどい思いをしていたからです。立地条件もよく、先生や看護師の方々も適度な距離感で接してくださるのでとても通いやすかったです。病院の清潔感もとても重要でした。私は運よく1度の移植で子供を授かることができました。年齢のタイムリミットは確実にあります。自分の人生にも後悔を残さないようチャレンジをさせて頂けた浅田レディースクリニックさんに本当に感謝しています。
皆様にも良きご縁が繋がりますように、心から祈っています。

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2018年1月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月17日

とにかく神秘的で興味深い体験でした。とりわけ受精卵をお腹に戻す移植手術は今思い出しても興奮するくらい素敵な思い出です。真っ黒な世界に一筋の光がスッと飛び込む様子はまさに流れ星、とても美しい世界でした。本当なら目にすることのない世界を知り体験したことは、親となった今、自分の子供に対する考え方にも良い形で影響していると感じています。4箇所の不妊治療クリニックを転々とした私は、肉体的な痛みや精神的に傷ついたりでほとほと疲れていました。「ここでダメならもうやめよう」夫婦揃ってそんな気持ちで浅田先生の門を叩き、治療に通い始めて最初のサイクルでの陽性判定。信じられないやらホッとするやらで、結果を聞いても2人して呆然としていた覚えがあります。
浅田先生やクリニックの知識技術に間違いがないことを身を持って実感した瞬間でしたし、こういうと浅田先生は笑われると思うけれど、信じて疑わなかった力も大きいような気もします^^。"〇〇すべき、〇〇が効くらしい、〇〇しないとダメ"という妊活呪縛地獄で辛かった時に、事前説明会での"あなたに出来ることなんてないよ"という先生の言葉にどれほど救われたことか。それに"治療よりもっと大変なのが出産だ"という言葉も今となっては深く深くうなづけます。
名古屋駅前クリニックに通っていた私のちょっとした楽しみは、朝一番の時間で予約をして予約時間の1時間ほど前に駅近辺のおいしいモーニングを食べ歩きすることやクリニック後にご褒美のランチをひとりで食べ歩きすることでした。望んだ結果が出たから言える言葉かもしれないけれど、信じて手放して良かったと心から思っています。ひとりでも多くの方に流れ星にのった天使ちゃんが訪れてくれますように。

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2018年2月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月17日

第一子も第二子も浅田レディースクリニックで授けて頂きました。治療開始したのは、35歳の時でした。1回の採卵、1回目の移植で妊娠しましたが、その後流産し、3回目の移植で妊娠出産しました。AMHの値が低く、また、高齢でもあるため、もしかしたら子どもを産み育てることはできないかもしれないと思っていましたが、治療開始からわずか10か月で結果を出して頂き、本当に感謝しています。
最初の妊娠で流産したときは、ショックではありましたが、冷静に淡々と治療を続けることに専念することができました。第一子の誕生後は、もつことができないかもしれないと思っていた子どもをもつことができた喜びが大きく、第二子まで望んでいませんでした。しかし、子どもが2歳になって、「この子が大きくなったときに、助け合える兄弟がいたほうがいいのではないか」という思いに至り、夫と話し合い、第二子についても不妊治療を開始することにしました。
久しぶりに浅田レディースクリニックに行き、AMHの値をはかったところ、予想どおり3年前からは下がっていました。まず、凍結保存してあった受精卵が2個あったので、一つずつ移植しましたが、妊娠には至りませんでした。その後採卵を2回し、治療再開から5回目の移植で妊娠し、最終的に出産に至りました。出産した時は、40歳になっていました。 
現在、治療を開始するか迷われている方、迷っている間も時間は刻一刻と過ぎていきます。卵子の数はどんどん減っていきます。一日でも早く治療を開始することが望む結果につながると思います。 
現在、治療を続けておられる方、私も、治療を通して、「いつまで続くのだろうか」「もう一生子どもをもてないのだろうか」という不安にさいなまされました。そんな時でも、治療を続けることができたのは、常に夫と治療の状況を話し、治療に前向きでいられたこと、また、淡々と(意識的に淡々と治療を続けることを心がけていました)治療を続けること、治療の終期をはっきりと決めていたこと(40歳で治療を終了すると決めていました)が大きかったかなと治療を振り返ってみて思います。 

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2018年3月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月17日

30歳で結婚し、約2年半ほど(浅田LCでの治療はわずか3ヶ月)不妊治療を続けてめでたく我が子を授かりました。主人にも私にも本当によく似ています。
不妊の原因は1つではないと思っていますが、検査の結果、明確にわかったのは主人の精子数が少ないということでした。不妊治療を行う上で良かった点は3つあります。1、年齢を考えて早めに不妊治療を始め、ステップアップを決断したこと2、転院を決めたことそして3、浅田レディースクリニックへ転院したことです。転院前は会社から近く、時間の融通がきくということで別の病院に2年通っていました。
人工受精5-6回後、顕微授精にも一度挑戦しましたが 採卵できたのは4個。受精したのはわずか1個で移殖しても上手くいきませんでした。その後、浅田LCへの転院を決めてすぐ採卵いただいたところ、卵が24個ほどとれまして受精卵は12個も育ちました。その直後の周期で凍結胚移殖し見事に妊娠いたしました!妊娠中はほぼ問題なく楽しいマタニティライフを過ごし、今、待望の第一子の子育てに励んでいます。
前院では2年かけてもダメでしたが、浅田LCでは3ヶ月と本当に最短の時間で妊娠まで辿り着くことができました。それだけでなく、まだ残りの凍結卵があるので第二子を目指すという希望まで授かることができました。浅田LCは、結果と結果までの時間を重要視してくださいます。そのために有効なあらゆる方法でゴールを目指していただけます。また、待ち時間のストレスをできるだけ軽減できるよう色んな工夫もあり有り難かったです。
スケジュール調整と仕事などとの両立、採卵、自己注射など、先が見えない中で本当に不安で大変だと思いますが不妊治療を決めたのであれば、信頼のおける先生に従い、治療最優先で無心で取り組んでいくという覚悟も必要だと思います。あとは旦那さんの理解と協力が一番大切です。不妊治療を通して、夫婦関係がより強固になったと感じています。幸せの形は人それぞれ違います。旦那さんとたくさん話し合って、協力しあって、励まし合ってお二人なりのゴールを見つけてください!!

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2018年1月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月17日

妊活をはじめて3ヶ月で妊娠できたものの流産してしまい、そこから私の長い不妊治療が始まりました。1つ目の病気ではタイミング療法。知識もなく、先生に言われるがままだらだら1年以上続けて薬の影響で子宮内膜が物凄く薄くなってしまいました。
2つ目の病院は浅田レディースクリニックの説明会の順番待ちをしながら、人工授精をするも妊娠できず。すがる気持ちで浅田レディースクリニックに行くと、2回人工授精をして妊娠できず、体外受精2回目で妊娠することができました。自分より後に結婚した友達がどんどん妊娠や出産したり、親戚に赤ちゃんまだ?と聞かれたり、何より自分の体が女性として機能していない気がして精神的に本当につらかったです。
治療も、お金も時間もかかるし、職場に休む都合をつけたりすることも、自己注射も、決して楽ではありませんでした。妊娠できて喜びましたが、一度流産を経験していることこらこのまま本当に継続できるのか。先天性の疾患はないか。順調に大きくなっているのか。不安ばかりでした。安定期に入ってもなかなか安心できず.33週5日で破水して切迫早産でMFICUに入院になった時は血の気がひきました。34週5日で早産となってしまい、赤ちゃんは二週間NICUに入り、カンガルーケアもできなければ保育器にいるので授乳や抱っこもできず、思っていた出産とは全く違う出産になりました。
私の妊娠、出産は思い描いていたようなものとは違いました。妊娠すれば気持ちが楽になると思っていたけれど、ちゃんと出産できるか、退院できるか、後遺症はないかと心配はどんどん出てきます。今は全く問題なく健やかに成長していますが、周りの子と比べて発達に遅れはないか、離乳食をはじめてアレルギーはないかなど予想以上に色んなことが気にかかります。でも、妊娠前と違うのは、やはり幸せな悩みだということです。毎日家事に育児にバタバタと追われる毎日でついつい赤ちゃんのいる有り難みが当たり前になっていますが、それでも心が満たされています。
今も私の横ですやすやと寝ている赤ちゃんを見ると涙が出てくるほど幸せを感じます。私はなかなか赤ちゃんができなくて辛かった不妊治療の期間を強みに思っています。あの、赤ちゃんに会いたいと強く思い、努力した期間があったからこそ世界中の誰より我が子を愛する母でいられます。今となれば、途中でもし自然妊娠できていたらこの子ではない他の赤ちゃんが産まれていた、この子には会えなかったと思うと神様が選んでくださったタイミングなんだと思います。
治療している方々は精神的にとてもつらいと思います。私もそうでした。妊娠しても出産しても不安は尽きませんが、赤ちゃんのいる生活は幸せです。どうか浅田レディースクリニックの先生方を信じてついていってください。4年間不妊だった私も妊娠させてもらえました。応援しています。

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2017年11月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月17日

わたしは結婚してすぐに子どもはできると思ってました。結婚して2年たった頃に、タイミングを取ろうと思っても、生理が不順過ぎて、いつが排卵日なのかもわからずで、とりあえず近くの婦人科に行きました。そこで、本当に子どもが欲しいのなら不妊治療専門の浅田レディースクリニックに行った方が良いと言われました。
最初は不妊治療の病院⁉まさか私が?行けばすぐにできるだろう!と言う軽い気持ちで通い始めました。幸い自転車で通える距離にクリニックがあり、知り合いも通っていたので、いいかなー!程度でした。特に検査も引っかからず、最初のタイミングで妊娠しました!しかしまさかの9週目で流産。その後もまた、治療を始めますが妊娠せず、人工受精4回、ついに体外受精にまで進む事になりました。
体外受精で50個も採卵できて、初めての移植で妊娠!すごい‼浅田レディースクリニック‼しかし21週目で死産。その後も一度流産して、今回の妊娠で24週目で出産しました。子宮頚管無力症でした。2回流産、1回死産、今回超低出生体重児で出産。たくさん辛いことも多かったですが、今は、死ぬほど幸せです。浅田レディースクリニックでは嬉しい事も、人生で1番辛い事もありました。でもいつも優しいお医者様、看護師さん、受付の方のおかげで、いつも通いやすくてありがたかったです。結局2,3年通う事になりましたが、嫌な事は全然なかったです。そしてこんな素晴らしい宝物を下さった、クリニックに心から感謝しています。
わたしも治療するのに迷いました。でもやらなかったら絶対に後悔すると思ったので始めました。やるだけやって、できなかったら別の道を考えようと思いました。人生一度きり!やるだけやってみたらどうでしょうか?

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2018年2月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月10日

浅田先生をはじめ、クリニックの先生方、スタッフの皆様本当にありがとうございました。感じのいい方ばかりで本当にありがたかったです。
結婚して少し経った頃、家の近くの病院で念のため夫婦で受けた検査で重度の男性不妊が判明し、自然妊娠は無理・顕微授精でしか可能性はないと言われました。(ふりかけ方式すら無理だろうと言われました)専門の先生がいると紹介された大学病院での検査では、精子の数がゼロ。顕微授精をする日にこの結果だと顕微授精すら出来ないと言われ、泣きながら家に帰りました。
不妊治療をするなら病院選びが重要だと感じ、浅田レディースクリニックを受診しました。初診はなんと浅田先生!これまでの夫の検査結果、私の検査結果を確認しながら「うん、大丈夫大丈夫。この結果なら顕微授精でいけるよ。」とおっしゃって下さいました。万が一、採卵日当日の精子数がゼロでも、事前に元気な精子を凍結保存しておくことで顕微授精が可能という説明もして下さいました。この時の仏様のような先生の顔は今でも忘れられません。幸せ配達人、兼、仏様。
顕微授精が出来ることが嬉しくて、それからは不妊治療というよりも「妊娠へどんどん近づいている」という気持ちが強く、クリニックへ通うのが楽しみでした。クリニックにはいつもたくさんの患者さんがおられ、勝手に勇気づけられました。2回目の移植で陽性をいただき、無事出産することが出来ました。
子供はかわいくてかわいくて・・・でも数十年前なら、私はこの子を抱くことは出来なかったのだと思うと浅田レディースクリニックの皆様には感謝の気持ちしかありません。クリニックに通うのは楽しみな私でしたが、それ以外の時間は鬱々とした気持ちや悲しみ、恐怖、イライラ、無気力感に支配されることもありました。しかしそんな時は、出来る治療がある幸せや今ある幸せを思い出し、感謝の気持ちで心を満たすように心がけました。
クリニックの待ち時間に、みなさんの体験談を読むのが好きでした。幸せな文章に力をもらって、いいイメージを持ちながら頑張ることが出来ました。ここで授かって無事に出産して、いつか体験談をかける日が来たら・・・そう思っていたことが実現し嬉しく思います。浅田レディースクリニックの皆様、お体に気を付けてこれからもたくさんの方に幸せを届けてください。きれいなラボでまだ眠っている妹か弟ちゃんを、いつかお迎えに行きたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

レター

2018年1月に出産された患者様から

掲載日:2020年1月10日

不妊治療をはじめてから4年目にやっと子供を授かることになりました。はじめ通っていた病院では全く成果がでずに1年すぎ、1年は精神的に辛くて病院に行くのをやめました。
浅田レディースクリニックに通い始めたときはこれでダメならあきらめようという気持ちでした。子供を授かるのにこんなに苦労するとは思いませんでした。治療をはじめるまでは夫と何度も話し合いし、始めた後は精神的に落ち込み八つ当たりすることもありました。当時私は自分だけが注射をしたり病院に通ったりで嫌な思いをしていると思い込んでいました。
夫婦がうまくいってなかったら子供を授かる以前に、本末転倒なのにいつの間にかそれもわからなくなりかけていたじきもありました当時夫も夫で同じように苦しんでいたようです。自分のせいで痛い思いをさせて申し訳ないという気持ちが強かったみたいです。いつのまにか私は自分が悲劇のヒロインみたいな感情を抱いてました。親子つれとか見ると私にはあのみらい待っていると思ったり、やっぱり無理だと思ったり。でも、なるようにしかならないと思ったら少しだけらくになりました。
不妊治療の勉強はある程度していたつもりでしたが病院によってそこまで差がでるとはおもいませんでした。最初の病院で裏切られた感じがあったので、先生を信じていいのか不安もありましたが、本当に通ってよかったです。もっと早くに、少し遠くてもこちらの病院に通っていたら、時間もお金も無駄に過ごすことはなかったのにと今でも考えることもあります。
自分がなにを望むのか。全ての人がうまくいくわけではない。だから不安で不安で仕方なかったし、とにかく子供を授かることに固執していました。その不安の期間が少しでも短くなるように病院は慎重に選ぶべきだと思います

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