患者さまからのお便り

2015年10月に出産された患者様から

掲載日:2017年4月28日
 先日、娘は4か月になりました。びっくりするくらい夫に似た娘のとびきりの笑顔は、毎日私たちを幸せにしてくれています。
 私が不妊治療を始めたのは、そろそろ子どもを・・・と思って1年たっても妊娠せず、軽い気持ちで他院を受診したことがきっかけでした。タイミング指導・人工授精を繰り返すたびに、「本当に不妊症なんだ...。」と自覚し始め、体外受精には少なからず抵抗もありましたが、今の医学で出来ることがあるのに、せずに後悔しないか?と思い、ステップアップすることに決めました。その際に主治医から「転院する人もいるし、そうしてもいいよ。」と言われ、浅田レディースクリニックが頭をよぎりましたが、フルタイム勤務で毎回休暇をとらなければ通院できなかったため、転院はしませんでした。しかし、採卵・受精・移植ともに結果が良くなく妊娠できず、このまま子どもができないかもしれないと初めて思いました。
 不妊治療は努力が報われるものでもなく、治療費も高額です。当時、「これだけやったんだから次こそは!」と先の見えないギャンブルのような感覚になることに不安を感じました。仕事の後の通院は思ったより大変で、「子どもがいなくても幸せだと思うし、そんなに無理しなくていいじゃない。」と言われ、「そうだね。」と返事しながら「ほしい人にとってはいない人生を選んだんじゃなくて、泣く泣くあきらめた結果なんだ。」と心の中で思い、悲しかったです。
 民間療法のあれこれを勧められることも多く、インターネットにはいろいろ書いてあり、何をしたらよいのかわからず、生理予定日までが長く感じて子宝の願掛けにいけば、某子宝で有名なお寺の住職には「治療なんか意味がない。奥さんの優しさが足りないんじゃないか。」と言われて精神的にもとても辛かったです。夫と喧嘩することも増え、このままじゃまずいと思い、夫婦でいつまで治療するか何度も話し合い、やれることはやったと後悔しないようにと浅田レディースクリニックへ転院することにしました。
 説明会では、体外受精はどこでやっても大差ないと思っていたこと、まだ妊娠できると思っていたことなど、あれもこれもが間違いだと知り、夫婦で焦りました。正しいことを知る機会がなく、無知でした。転院にあたり、職場の上司や同僚には治療期限を伝えて経過をオープンに話すと、不妊治療経験者が意外と多いことがわかりました。仕事をかわってもらい、休暇をとって開き直って通院をはじめたことで、気持ちが楽になりました。以前は帰ると9時を過ぎていたのですが、受付時間が早いので帰宅も早く、体も楽でした。
 インターネットの口コミで浅田レディースクリニックは高いなどと見ましたが、通院してみると前院とは違って設備や技術も専門で、細やかな診察のため受診回数も多く、使用する薬の種類や量も違い、結果、採卵・受精の結果も同じ人間のものと思えないほどの違いで、決して高くないんじゃないかと感じました。また、クリニックの皆さんの丁寧な対応や、診察室では毎回先生が向き合ってきちんと説明し、刺激への反応が悪ければすぐ薬を変えて経過を診てくださり、私に合わせて治療していただけていると安心して通院できました。
 結局、8月に説明会、10月に初診、12月採卵、1月移植、2月妊娠判定とあっという間でした。出産翌日に娘を抱きながら、「これを戻します。」と見せていただいた胚盤胞の映像を思い出し、あれがこの子なんだな...と感無量で涙が止まりませんでした。いつか娘が将来を考えるようになったとき、妊娠のことや、いろいろな人の協力があって授かった大事な命だということを話してあげたいと思います。治療は大変でしたが、夫と家族や将来について真剣にたくさん話す機会になり、妊娠中の家事、産後の育児と夫がとても積極的にやってくれるようになって、絆も深まり、治療してよかったと思います。
 今治療中の皆さんにも、早くかわいい赤ちゃんが訪れるようにお祈りしています。最後になりましたが、浅田レディースクリニックの皆様、本当にありがとうございました。
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2015年9月に出産された患者様から7

掲載日:2017年4月28日
私は最初の病院で29歳から不妊治療をしていましたが、体外受精を勧められてもなかなか踏み切れず、33歳のときにようやく体外受精を受けました。そこの病院は不妊治療専門ではなかったのでAMHを無理を言って受けさせていただきましたが年齢の割にかなり低い数値でした。
 最初の病院で体外受精を2回と顕微授精を5回受け、その後、36歳で浅田レディースクリニックさんへ転院して顕微授精を10回受けました。浅田レディースクリニックさんへ転院して、最初の病院と治療の方法が全然違うことに驚きました。何回も顕微授精を受けて、希望はあまり持てないまま治療を続けている日々でしたが、先生方や看護師さんや培養士さんに親身になって治療していただき、事務スタッフさんやコーディネーターさんにも親切・丁寧に対応していただき、あまり辛さを感じることなく治療を続けることができました。本当にありがとうございました。
 最初の病院で1回、浅田レディースクリニックさんで1回の流産を経て、3回目の妊娠で39歳で元気な子供を出産することが出来ました。母乳が出づらくて、母乳マッサージで有名な助産院を訪ねました。助産師さんの話だと不妊治療を長くしていたことも母乳が出にくい原因のひとつだと教えてもらいました。里帰りから自宅に戻ってきてからは搾乳を怠っていたため、母乳が一ヶ月で完全に出なくなり、今は完全ミルクで育てています。普通の人は普通にできることが自分には何で難しいんだろうと悩むこともありますが、治療を続けて良かったと思います。
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2015年9月に出産された患者様から6

掲載日:2017年4月21日
浅田さんに通うまでは人工授精を何度か試みていましたが、結婚11年、35歳になりこのままでは妊娠も難しくなって行くと思い、体外受精へステップアップを決めました。人工授精と違い、体外受精は身体への負担も大きいし、金銭面での負担も大きく、それに比例して精神的な負担も大きくなります。なのでより確実性を期待して、浅田さんに通うことにしました。
 最初の検査で私のAMHの高さに不安になりました。(AMH18.99)ネットで検索しても私ほどの数値の方はほとんどいませんでした。卵がたくさん出来ると思うから大変かもしれないけど頑張ろう!と言われました。色んな方の体験談を見ていると、採卵で10個ほどの方、1個も取れなかった方、取れたけどその後受精卵として育たなかった方...色んな方がいました。私も10個ほど取れて、あわよくば数個の受精卵を冷凍保存出来たら良いな、と思っていました。
 いざ卵を育て始めると、どんどんと卵が増えて行き、片方の卵巣に25個ずつなんて日も!卵巣の中はおしくらまんじゅう状態です。卵巣も8cmまで膨れ、お腹も出てきてまるで妊婦さんのようでした。ネットでは卵が増えすぎると、卵の質が悪くなると書いてある方もみえ、不安になったりもしました。しかし、浅田さんの適切な投薬と診察で結果は良好、受精卵もしっかり育ち、使いきれないほどの受精卵を冷凍保存することが出来ました。
 その後の移植では1度目で早くも妊娠(心拍が確認出来ず流産)、2度目の移植も妊娠とすごい成功率です!2度目の前では心拍も確認出来、無事浅田さんを卒業することが出来ました。私の周りでは不妊治療中の人が数人いますが、誰よりも早く出産まで至ることが出来ました。それまであまり子ども、子どもと言わなかった母と義母も時間さえあれば会いに来るほど喜んでくれ親孝行のひとつになったかなと思います。
 結婚して11年、夫婦だけで気ままに生活をしてきたので、このまま子どものいない生活でも仕方ないかな...と諦めかけたこともありましたが、子どもがいる生活になったことで『家族』になれた気がします。年齢も年齢ですし、落ち着いたらまた冷凍保存してある受精卵の移植をしに通いますので、またよろしくお願いします!
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2015年9月に出産された患者様から5

掲載日:2017年4月21日
結婚8年目、待望の赤ちゃんを授かり無事に出産することが出来ました。浅田レディースクリニックでお世話になった9ヶ月、先が見えず暗く落ち込む時もありましたが治療じたいを苦痛に感じた事は一度もありませんでした。仕事もしていましたので、会社の負担になってしまうとか金銭的な不安は常にありましたが一度きりの人生、自分の子供を抱けずに終わってしまう事を考えたら2年で結果を出します!と断言してくれる浅田先生を信じ治療を最優先に通いました。
 不安な時も、浅田レディースクリニックが赤ちゃんに会える一番の近道だと思いながら毎日を過ごしていました。結果、本当に妊娠まで導いて頂き可愛い赤ちゃんと新たな人生を生きることが出来て感謝の気持ちでいっぱいです。
 色々な事情を抱えながら治療に踏み切るのは大変な勇気がいる事ですが浅田レディースクリニックで治療が出来た事、本当に良かったと思います。もしも、たとえ結果が出なかったとしても浅田先生のもとでやれるだけの事をしたのであれば悔いは残らなかったと思います。
 今、治療を迷われている方は頭で考えるより先に1日でも早く治療にむかえますように。治療してみえて、治療が思うように進まず不安な時は 今日の自分が一番若い! と前向に淡々と続けて、近い将来可愛い赤ちゃんを授かれますように。
 最後の一つの大切な受精卵を移植し妊娠に結びつけてくださった浅田先生、浅田レディースクリニックの全ての皆様、本当に本当にありがとうございました。
レター

2015年10月に出産された患者様から1

掲載日:2017年4月17日
33歳で結婚し、妊娠を望んでおりましたがなかなかできず。年齢とともに妊娠しにくくなるという漠然とした認識だけは持っておりましたので、35歳になった時に不妊治療を始めようと決断しました。どうせ治療をするなら、費用的にも時間的にも遠回りしたくなかったので初めから有名な浅田さんにお世話になることに決めました。
 もしも子供ができなかったとしても、最高峰とも言える浅田さんでやるだけのことはやった、と言えれば後悔することも無いだろうという思いもありました。結果、この時この決断しておいて本当によかったと思っています。
 私の場合、検査の結果に異常もなく、最初は人工授精から始めました。異常もないので、AIHで結果が出ることを期待していましたが、試みること5回。すべて空振りに終わり、既に開始から1年が経っておりましたので体外受精に進むことになりました。
 1回目の胚移植では結果が出ませんでしたが、ビタミンDのお薬を出して頂き2回めの胚移植で見事妊娠が確認できました。妊娠中も特にトラブルもなく、37歳で無事出産を迎えることができました。産まれてきたのは元気な男の子!元気にすくすくと育っており、この子に会えたのも浅田さんのおかげ...と、本当に感謝しております。
 これから治療をされる方、治療中の方は、なかなか結果が出なくても思い詰めたりせず、たまには自分にご褒美をあげたり、お休みの周期を入れたりしてストレスを溜めずに上手に治療を進めていくことをお勧めします。リラックスして浅田LCの先生方についていけば大丈夫ですから!
レター

2015年9月に出産された患者様から4

掲載日:2017年4月17日
他院でタイミング法でトライしていたもののなかなか結果が出ず、夫婦関係もどんどん悪くなる中、ある不妊セミナーで浅田先生のお話を聞く機会がありました。それをきっかけに夫とも相談をして、人工授精にステップアップすることを決めて浅田レディースクリニックでの治療を開始しました。『1年以内に結果を出しましょう』という先生の力強い言葉に励まされました。2回目の人工授精で妊娠することができ、本当に1年以内に結果が出たことには驚きです。今は生後5ヶ月になる男の子の育児を楽しむ毎日です。結婚7年目にしてようやく授かった命。浅田レディースクリニックには大変感謝しています。
 何故うちには子どもが授からないのか、どこが悪いのか、生理がくるたびに涙する日々で、友達に赤ちゃんができたという話を聞くと胸が痛くなり、素直に喜んであげられない自分にも嫌気がさしていました。浅田先生のお話は目からウロコなことばかりで、自分の価値観がいかに凝り固まっていたのか、思い知らされました。それからは、治療中も鬱々とすることなく前向きになり気持ちが軽くなりました。夫も積極的に不妊治療に向き合ってくれたので、本当によかったと思います。
 不妊の原因を探すことばかりに躍起になっていたけど、そうではなく妊娠することに着実に進んでいけばいいのだとわかりました。どうして妊娠できないのか理由を探して辛くなるより、妊娠するために出来ることに集中すればきっと心も体も楽になると思います!
レター

2015年9月に出産された患者様から

掲載日:2017年4月 7日
妊娠を希望して意気揚々と家の近くの産婦人科を訪ねて検査した時、二か月連続で排卵してませんね。と言われた時の絶望感とどうしたらいいのですか?と尋ねた時の曖昧な返事の頼りなさは今でもはっきりと覚えています。何も知識がなく愛知県に越して間もない私はそのままその近所の婦人科に4か月ほど通いました。しかしそこでは不安にさせられるだけで薬も治療もコロコロ変わり検査の伝達ミスなどもありどんどん不信感が募っていきました。ここに通ってても妊娠どころか排卵も無理かもしれないと必死に探して見つけたのが浅田先生でした。
 浅田クリニックに通うようになってからはあの4か月はなんだったんだろうと思うほど1回目の時にほとんどの検査が終わり、1か月目には治療方針が固まりあれよあれよと治療が進んでいきました。どの先生に診て頂いても信頼ができ、徐々に良くなっていっている実感がありすぐに排卵もするようになりました。最初は排卵さえしてくれるようになればいい!と思っていたはずなのにあっさり排卵をしてしまうと今度はいつ妊娠できるんだとうとわくわくできるようになりました。
 しかし確実に良くなっていたのに、タイミングが悪くこの時期私の周りは妊娠ラッシュで友達や親戚が次々と授かっているのを見るようになりまだまだ治療しだして日が浅かったのにどんどん焦っていきました。治療をしていたことを周りには言っていなかったので「2人目ができたよ!」と無邪気に言ってくる友達に素直におめでとうと言えなくなり、なんで周りは2人目3人目とぽんぽんできているのに私は1人さえできないの?本当にこの先私はちゃんと赤ちゃんに会えるの?と自分を自分で追い込んでしまいました。
 何度も人工授精が残念ながら上手く行かなかった時や卵巣に水が溜まり治療を一時休まなくてはならなかった時はとことん号泣しました。不妊治療の怖さは頑張ったら100%出来るという保証がないことだと思います。出口が見えないからこそ自分をいじめ始めちゃうときりがなくなってしまうのですよね。このままではいかん!と毎週通いながら待合室にいる方々を見て私だけじゃないんだと思うようにし、お手洗いで泣いているいる人を見たり聞いたりする度に勝手ながら戦友のように思うようになりました。そして待っている間に体験記を読んではいつかは自分も!と励みにするようになりました。
 気の持ちようが良かったのかどうにでもなれと思えるようになった時に今の子を授かりました。なかなか卵巣の水がなくならなくて今月はないなぁとあきらめていた時だったのでエコーの胎胞を見ても実感がわかず内心来週また来た時に「やっぱり水でした」と言われないかなとビクビクしました(笑
 予想外の突然の妊娠であわあわしつつ襲いくるつわりと戦いつつ去年の秋に無事に元気な女の子が生まれました。今では寝返りをコロコロうつ元気すぎる暴れん坊な自分の子に振り回されている毎日です。想像以上に育児は大変ですが浅田さんに通った時の気持ちやその中で出来た夫との絆を思い出して楽しくやっています。逆に授かるまで大変だったからこそ得たものも多かったので今ではとても良い思い出です。
レター

2015年10月に出産された患者様から

掲載日:2017年4月 7日
諦めなくてよかった!息子を抱きしめながらいつもそう強く感じています。
 不妊治療はまさに精神的にも肉体的にも辛いものでした。なぜなら、頑張った先に必ず赤ちゃんが待っていてくれるとは限らないからです。28歳で治療を始め、抗精子抗体を持っていることがわかり、29歳で体外受精に進みこれでやっと赤ちゃん出来る!と思っていたものの、胚移植を6回しても一度も陽性反応が出ず、最先端の治療をしてもこんなにうまくいかないなんて、もうわたしは一生母になることはできないのかもしれない...と、本当に毎日毎日暗い気持ちで過ごしていました。
 けれど、諦めたくない気持ちが強く、とりあえず凍結してあるたまごをお迎えに行かなくては!という思いで挑んだ7回目の胚移植で初めての陽性反応。浅田レディースクリニックの先生方は、わたし以上に諦めるなんて考えはなく、いつも前向きでいてくださいました。
 何度も挫けそうになりましたが、そんな先生方に背中を押され、院長先生にはある時「諦めるか続けるかどちらかですよ」と言われ、誰のせいでもなく自分が諦めたらそこで終わりなんだと、挫けずに治療を継続することが出来ました。諦めなくてよかった!そう思える時まで、諦めないでください。
レター

2015年6月に出産された患者様から10

掲載日:2017年3月31日
不妊治療を始めて約5年、浅田レディースクリニックにお世話になり約1年で待望の我が子を授かることができ2015年6月に無事女の子を出産することができました。先生方、スタッフの皆様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
 治療中は見えないトンネルの中を進んでいる様で辛い思いを何度も味わい何度も泣きました。AMH1以下ということで採卵数も少なく時には採れないこともあり、周りの友人や会社の同僚はどんどん妊娠していき、焦りと嫉妬が入り混じった思いで素直におめでとう 。と思えなかったり、友人の集まりになかなか足が向かなかった時もありました。治療中は孤独な気分になることもあったり。。でも浅田レディースクリニックに通うようになってからは待合室で待っている方々がなんだか仲間の様に思え、言葉を交わすことはありませんでしたが皆さんも頑張っているのだから私もがんばろう!と密かに思っていました(笑)
 体験記ファイルの皆様のメッセージを読み、続ける希望を何度もいただきました。もし自分が妊娠出産できた時は今頑張っている皆様に少しでも力になれたらいいなと思いメッセージを書かせていただいてます。
 治療中、リセットが続き上手くいかず本当に諦めかけた時に、浅田先生から言われた言葉があります。「あなたが立派に産まれているいうことはあなたの親や先祖が代々子供を生んできたからあなたが存在しているわけです。だからあなたも子供を産むことができるんだから自信を持ちなさい。」という様なお話をされました。少し言葉の選び方、ニュアンスは違ったと思いますが、至ってシンプルに妊娠を当たり前のことの様にお話され、なんだか心のモヤモヤがすっきりし、そっか私も妊娠できるのか!と妙に納得でき(笑)、治療にまた向き合うことができました。
 迷ったり心配になったり諦めそうになる時があるかとおもいますが、ご自分と先生方を信じて頑張っていただけたらと思います! 治療中はいろいろな事を考えすぎてしまい、ちょっとした周りの言葉も気になりマイナスな方向に向きがちですが先生方を信じて治療を続け本当によかったと思っています。
 最後に子供のいる人生を本当に本当にありがとうございました。
レター

2015年9月に出産された患者様から2

掲載日:2017年3月31日
40歳で浅田LCに通院を始め、41歳で妊娠、42歳で出産。その後凍結保存をお願いしていた受精卵で43歳で第2子を妊娠、44歳で出産。第1子妊娠までの長い長い道のり(浅田LCは4つ目の病院でした)が嘘のようにトントン拍子で進み、この年齢で考えたら本当に有難いことです。
 通院していた頃を思い出すと、現在2人の子育てに追われている今が夢のようです。こちらに通院を決める際、それまでも病院を転々として、これ以上お金をかけて良いものか迷っていましたが、もう本当に最後の最後、できる限りやって(お金の面ではえいっと目をつぶって)ここでダメなら諦めよう、そうしたら後悔しないだろう。そう思って決めました。
 繰り返しますが、この年齢で素早く結果を出してくださった浅田LCの皆様に本当に感謝しています。ちなみに、私は浅田LCに通い始めた頃、県内の田舎町から名古屋市内の会社に通勤するようになりました。1年経って仕事にも慣れ、片道1時間という通勤時間のおかげもあって体力がついてきた頃、妊娠できました。浅田さんの技術は本当にすごいと思いますが、それだけではなくてこちら側の体力や健康な身体もまた必要だったのでは、と今では思います。
 妊娠中も出産後もとにかく体力を使いますので、妊娠前から鍛えておくことをオススメします。遠回りのようですが、妊娠した後に備えるつもりでぼちぼちでも治療中から力を蓄えておくとよろしいのでは、と思います。
レター

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