患者さまからのお手紙

掲載お手紙数918通  毎週金曜日更新

2011年12月に出産された患者様から1

掲載日:2012年6月22日
タイミング法2回、人工授精2回、その後先生にお願いして体外受精へ切り替えていただき、1回目の移植で妊娠し男の子を授かりました。
 少しでも確立のいい治療をしたかったので、自分の意思ですぐにステップアップしていきました。体外受精のための注射も我慢して毎日打ち、頑張ったつもりでしたが、卵子がうまく育たず結果3つしか採卵できませんでした。
 3つのうち1つは採卵時にだめになっていることが分かり取れた数も少なすぎるということで、悲しくて病院の帰りの車の中で泣いて、独りになれるお風呂で泣いて、泣きっぱなしいだったのを覚えています。でも、その後の移植で無事に妊娠することができました。
 通院を迷っている方は是非、通ってください。現時治療中の方はいつか必ず可愛い我が子に会えると信じて治療を頑張ってください。
 私は働きながら通院しました。よく仕事を休むことになり、迷惑をかけるので周囲の上司、同僚には男女かまわず隠さずに、通院していることや治療内容を話していました。そのおかげか理解があり、応援してくれました。
 働きながらだと大変だとは思いますが、世間の不妊治療に対する考えも変わってきていると思います。長いトンネルに迷い込んだと思ってしまいますが、いつか明るい出口は見えてきますので、頑張って治療を続けましょう。私も二人目のときはまた通おうかな、と思っています。
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2011年10月に出産された患者様から5

掲載日:2012年6月15日
結婚したのが32歳。子供はそのうち自然にできるもの、と夫婦で思い込んで気づいたら2年経っていました。
 いいかげん検査をと思い始めた頃に医師がため息をつき失笑される位の大きな大きな子宮筋腫ができていることが発覚しました。妊娠どうこうよりまずは治療。大きな足踏みでした。でも『これを取り除いたら妊娠できる』と勝手に思い込み、手術が終わってまたのんびり構えて半年・・・。やっと我に返って医師の勧めで浅田LCへ足を運びました。
 治療中は万事順調とはいきませんでしたが、運良く2回目の人工授精で妊娠することができました。あくまでも私の場合ですが、治療中は先生方を信頼してどっしり構え、夫婦の考え方は統一。『妊娠するためなら何でもやってみよう』病院へ行っていれば妊娠できる!と、どちらかと言えば楽観的に通院していたように思います。
 待合中は好きな小説を読んで、診察が終わったらランチをして、リラックスを心がけていました。自分で努力したのは身体を温めること。常に腹巻をして、冷たい飲み物は極力控え、ウォーキングしたり車をやめて自転車に乗ったり。これも可愛い腹巻を見つけたりジンジャーティーを飲んだり、工夫して楽しんでいました。寒い季節はとにかく温泉に入ってました。夫と日帰り入浴にドライブがてら行ったり、スーパー銭湯に行ったりもしました。
 なかなか思うような結果がでなくて鬱々としていた頃に、友達に話を聞いてもらい、すごく楽になりました。その頃から学生時代の友人と集まったりして妊娠することしか考えてなかった毎日から開放された頃、妊娠したことが分かりました。
 浅田LCの説明会に出席して6ヶ月と少し経った頃、36歳です。出産をしたのが37歳になった月。もっと早く動けば良かった、何度も思いました。
 妊娠はゴールではなくスタート。妊娠して、出産して実感しています。
 治療中はもとより、妊娠中も出産してからも、家族、特に夫の協力は欠かせません。常に同じ方向を見て進んでいかないとつまづきます。幸い私の夫は私より治療に前向きだったので今があると思っています。
 辛いのは私だけ、と思わず旦那さんに『今日の病院はこんな風だった』と話して、二人で治療を共有してください。私はこれを怠ってケンカになりました。妊娠の先の出産・育児につながります。難しいときもあると思いますが、常に前向きに、上を向いて、肩の力を少し抜いてみてください。
 先生方を信じて、旦那さんとたくさん話をして、ちょっとした楽しみを見つけて、一歩一歩進んでください。頑張らないでください。妊娠・出産・育児と先は長いです。
 私の経験が、少しでも皆様の参考になれば幸いです。
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2011年10月に出産された患者様から4

掲載日:2012年6月15日
タイミング法に始まり、人工受精、腹腔鏡手術など6年間程の不妊治療を行っても、授からず最後の望みをかけ体外受精を決意。
 実は、浅田レディースクリニックに行く前にもう一つ体外受精をするつもりで行った病院があるのですが、無麻酔で採卵をする事に恐怖を覚え手術日前にキャンセルした事も。。。こんな弱虫な自分には、もう道がないと挫折しあきらめていた所に、知りあいの方に浅田レディースクリニックを教えて頂きました。  浅田先生の本を読み治療方針に賛同し、先生自ら事前説明会にいらっしゃる真摯なお姿にとても安心しもう一度頑張ってみようと思えました。
 体外受精をすればきっと授かる信じてたので、1回目が陰性の結果が出た時、愕然とし今までにないくらい泣いてしまいました。。。もう自分が親になる日は来ないんじゃないかと、思いつめたりもしました。2回目の挑戦で先生から陽性ですと言われた時は、今まで陰性が当たり前だったので信じられませんでした。
 息子は、今3ヶ月。今のこの親としての生活がまだ夢じゃないかと思うくらいです。このかけがえのない幸せな生活を教えてくれた息子、そして可愛い息子を授けて下さった浅田先生には感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました。
 不妊治療は、肉体的、精神的、金銭的にもきつい先の見えない戦いです。でも、くじけずに浅田先生を信じて頑張って下さい。苦労した分、味わった事のない幸福が待ってますよ。
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2011年10月に出産された患者様から3

掲載日:2012年6月 8日
2011年10月に36歳で元気な男の子を出産しました。浅田LCに通い始めて約1年ちょっとでの妊娠でした。
 私は20代のころ他の病院で(3か所)卵巣がんと間違われるくらい重度の内膜症で正直浅田LCでも妊娠できるとは思っていませんでした。人工授精2回、顕微授精2回目で妊娠とわかり驚きでした。
 なぜなら1回目の採卵(ロング法)で採れた卵子の個数が少なく(7個)、ちゃんと受精してくれたのもその半分程度だったからです。1回目の移植が駄目だったのを機にサンビーマーをレンタルし毎日使用していました。そのおかげか、クロミフェンに変更し採れる個数ももっと減りましたが質の良い卵子が採れすべての卵子が受精してくれたのです。
 その受精卵で2回目の移植、妊娠にいたりました。妊娠中もつわりはあったものの順調そのもので、安定期に入ってから沖縄へ旅行へ行ったり運動したり快適な妊娠生活を満喫しました。
 偶然にも浅田LCでお世話になっていた佐野先生が小牧市民病院に移られてそちらで佐野先生に診察していただき取り上げていただきました。筋腫が大きかったため帝王切開での出産となりましたが、我が子は何の問題もなくスクスク成長しています。内膜症に加え巨大な筋腫持ちでしたが、それでも妊娠できたのは浅田LCの技術の高さあってのことだと思います。
 先生方、スタッフのみなさんもとても親切で毎回病院に行くのが楽しみでした。本当にありがとうございました。また二人目の時もお願いいたします。
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2011年9月に出産された患者様から2

掲載日:2012年6月 8日
治療を始められる方へ子供を産みたいか育てたいのか両方叶えたいのかによりますが、授からなかったら養子を希望するというくらいの気構えで始められてはいかがでしょうか。
 →私がそうでした。

 浅田先生に出会えたあなたも最高の縁です。先のみえない結果に戸惑うかもしれませんが、どちらの結果がでても受け止められるようにあらかじめ考えておくといいのではないかと思います。その上で、思い描く理想の姿を想像しながら毎日楽しく生活して下さい。
 現在治療をされている方へ治療を諦めなければいけない方に比べれば、治療をがんばれるのは有難いですね。どうか"木をみて森をみず"でなく"木をみず森をみる"精神で前進してください。
 迷っている方(治療を始められてから迷っている方?)私は迷ったことはありませんでした。悩むことは多々ありました。どのようなことで迷われるかによりますが、先生の著書を拝見し受診前説明会に参加された時のお気持ちを思い出されてはいかがでしょうか。
 その時の思い描いた姿がそのままであったり、治療を始めていくうちに思いが変わることもあるかもしれませんがどうか後に後悔しないだろう生き方を選択して進めていただきたいと思います。
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2011年11月に出産された患者様から

掲載日:2012年6月 1日
私は、浅田LCに通い始めてから4カ月目、1回の顕微授精で妊娠することがきました。
 それまでに、他院で人工授精を10回も試み、だらだらと時間だけが過ぎていき、あっというまに2年が過ぎたころ、浅田先生の事を知り、高度不妊療に進みました。
 正直、浅田先生のところでダメなら、諦めもつくと思い、半ば、悔いなく諦めるための新たなスタートでした。高度不妊治療は、お金もかかるし、自己注射など、相当の覚悟がないと始めることができないと思います。
 私は結果的に、たった一度の顕微授精で妊娠ができたので、もっと早く浅田先生のところに来ていれば良かった、と思うのですが、それは結果論。私も、高度不妊治療に進むのには、結構な覚悟がいりました。会社も頻繁に休んだり、遅刻・早退しなくてはいけないので、会社の上司の了解も必要です。
 でも、将来、「無理してでも高度不妊治療をしとけばよかった・・・」と後悔したくないと思いました。子供がいない人生もありだし、養子縁組も考えましたが、とりあえず、できることはやって、それでもダメなら諦めがつくと思ったのです。
 浅田LCは、高度不妊治療専門なので、お腹の大きい妊婦さんもいないので、気分的に楽でした。それに、先生、看護師さん、培養師さん、受付スタッフの方、みなさんとても親切で、そして、明るくて、気持がふさがりがちな時など、とても救われました。
 私は、採卵でたった6個の卵子しか採れず、そのうち、子宮に戻せる受精卵は一つしかありませんでした。それを知らされた時、ほぼ、今回は無理だと諦め、また、自己注射からのスタートか・・・と、かなり落ち込みました。でも、そのたった一つの受精卵が妊娠に成功し、今、私の目の前ですやすやと眠っている娘なのです!!
 もし、受精卵が残っていて凍結保存できれば、二人目もほしいのですが、私たち夫婦には、娘が産まれたことも奇跡なので、それで十分幸せです。私は、妊娠8週目で、浅田LCを卒業したのですが、卒業の日、看護婦さんから、「妊娠期間中や子育てのなかで、自分や子供を他の妊婦さんや子供さんと比べてはだめよ。あなたはあなたなんだから。妊娠はゴールじゃないよ。スタートなんだよ。」と言って頂きました。
 自分が妊娠するなんて、夢のまた夢だったのに、本当に自分は妊娠したんだと実感しました。私は、不妊で悩んだ私たちは、簡単に妊娠できる人より、命の重み、命の難しさをわかっているのではないかと思います。
 命は簡単じゃないんだ、ということを、普通の人より、実体験から学んでいると思います。だから、妊娠できた時の喜びはひとしおです。
 今、不妊で悩んでおられる方、辛い治療にくじけそうな方、どうか、あきらめずにもう少しがんばってみてください。それでもダメなら、後悔をあとに残さないと思います。
レター

2011年12月に出産された患者様から

掲載日:2012年6月 1日
体外受精で赤ちゃんを授かることができました。
 今は慣れない育児に四苦八苦していますが、それ以上に幸せを感じています。私は「不妊治療」にどこか抵抗がありましたが、治療に通うにつれて、不妊に悩んでいる方がこんなにいるんだと感じました。
 私はどこかで治療すれば必ず授かると思っていたんです。なので、判定でダメだった時はとてもショックでした。治療は時間もお金もかかりますし、何よりも精神的な負担が大きいです。そんな時、主人の支えは大きかったです。ありがたかったです。
 不妊治療は女の人への負担が大きいですが、夫婦で乗り切っていくものだなと確信しています。皆様に小さな命が授かりますように・・・。
 応援しております。
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2011年8月に出産された患者様から3

掲載日:2012年5月25日
早いものでお世話になってから一年になろうとしています。
 私は2008年5月に子宮外妊娠になり翌年2009年10月に流産したことから浅田レディースクリニックで治療することになりました。
 最初の4ヶ月は勝川クリニックでその後、名古屋駅前クリニックの開院で転院しました。子供が1人いたので不妊症だと疑わず治療を開始した時には38歳になっていました。
 最初の体外受精のショート法が私にはあってなかったのか採卵前に排卵しかけてしまい採卵することができなくなってしまいました。その後、アンタゴニストに変更して採卵することができました。移植できる卵は3個で3回目の移植で妊娠することができました。
 1回目はB2と評価はそれほど悪くないと聞いていたもののダメでした。残りの2個は4BCと4CCだったので一番良いものでダメなのにそれより評価の悪いもので良い結果になるのかと思っていました。  結果、最後の4CCの凍結卵を解凍したら4ABと評価が上がり妊娠することができました。妊娠は29週までは順調だったものの30週で妊娠高血圧症となり帝王切開で出産することになってしまいました。
 受診前説明会で妊娠は体に大きな負担をかけるから健康であることが基本 妊娠高血圧症も高齢になると出やすいことを聞いたように思います。年齢のことは気になりましたが、以前の妊娠・出産では特に問題がなかったのでそれほど気にしていませんでした。でも今回の妊娠で高血圧症になり早産となってしまいました。赤ちゃんにとってかわいそうなことになってしまったと とても不安でした。でも、小さいながらも懸命に生きようとする姿と献身的に治療してくださる先生方を見て気持ちを新たにしました。
 その後2ヶ月の入院をして今は子育て真っ最中です。早く産まれたので同じ月齢の子と比べれば小さいですが小さいながらも順調に成長してます。私はこのような妊娠・出産となりました。
 これから治療する方、悩んでいる方のお役立てできるかわかりませんが私が治療中、体験記ファイルを読んで治療に前向きになれたことを思い出し体験を記すことにしました。
 治療は大変なことだと思います。あまりがんばり過ぎないで願いが叶うことを信じて治療と向き合って下さい。
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2011年10月に出産された患者様から4

掲載日:2012年5月25日
浅田レディースクリニックの先生方、スタッフの皆様、治療中は大変お世話になりました。
 1年間の治療の末、体外受精にて妊娠し、無事に女の子を出産することができました。治療中は、肉体的精神的、金銭的にも辛い思いが付きまといます。
 辛いイメージばかりがある不妊治療ですが、自分なりに勉強したり、夫婦で沢山話し合いもしてきたことで、命の尊さを感じたり、夫婦の絆も深めることができたと思います。そのことが、より我が子への愛おしさに繋がっていき、今では私たちにとって大切な時間だったのだなと改めて感じれるようになりました。
 子育ても大変ですが、今の気持ちを忘れずに楽しみながら頑張っていきたいと思います。本当にありがとうございました。
 そして、一人でも多くの方に、赤ちゃんが授かることを願っております。
レター

2011年6月に出産された患者様から6

掲載日:2012年5月18日
浅田レディースクリニック様
 2011年6月、無事男の子を出産することが出来ました。今こうして子育てをしている時間が持てることに感謝しております。
 私は、結婚が43歳、知人の紹介(彼女も顕微授精で成功出産されてます)で結婚から半年後に通い始めました。説明会に参加し時間のないことを自覚、即顕微授精を希望し治療を開始しました。
 治療開始に先立ち、まずは1年がんばろうと決めスタート。しかし結果も出ず、続けていくべきかと悩みカウンセリングや院長先生への相談の時間を持っていただきあと1年と決めて通い続けました。
 気持ちの切替後は、気分転換に夫と登山や旅行、ヨガ教室に通いはじめました。ようやく1年半ごろに始めて妊娠、しかしまもなく流産。落ち込みましたが、次は妊娠しやすいからもう一度と羽柴先生の一言に後押しされ再チャレンジし、妊娠(たしか7回目の顕微授精)し、出産日は私の誕生日を過ぎていた為46歳で帝王切開で出産しました。
 こんな高齢な私が妊娠を知らされたときは、半信半疑でいたと思います。
 治療中はいろんな不安や感情に振り回されていましたが、信じて続けてきたことと支えてくれたすべての人に感謝していました。
 先生方、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。
レター

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