患者さまからのお手紙

掲載お手紙数876通  毎週金曜日更新

2011年4月に出産された患者様から2

掲載日:2011年9月30日
 最初、不妊病院にかかることは、勇気のいる事だと思っていました。
 でも、いざ、浅田レディースに通ってみると、先生、看護婦さん、受付の方、みなさんが、とても温かく接していただきました。
 不妊の人に対する、心遣いが、いろいろなところに感じました。快適なすばらしい病院です。治療中も、あまり苦しいこともありませんでした。
 そして、元気でまるまる太った、かけがえのない赤ちゃんを産むことができました。
 本当に、浅田先生はじめ、チーム浅田の方々のおかげです。
 すべての方が安心して治療をうけれるのではないかと思います。浅田先生の本を読ませてもらったり、ブログを読ませてもらったりして、浅田先生の人柄が伝わってきます。
 先生を信じて通わせてもらい、感謝しかありません。これからも、チーム浅田が、たくさんの幸せを運んでくれることを、願っています。
レター

2011年3月に出産された患者様から5

掲載日:2011年9月22日
浅田レディースクリニックの皆様、通院中はお世話になりありがとうございました。
 この病院で、先生方に出会えた事、心から感謝しております。
 2009年6月から通い始め、2010年7月体外受精をし、タイミング、人工授精、体外受精を経験し、1年1ヶ月で妊娠をして2010年9月に卒業をしました。37歳、2011年3月第一子・女児を出産しました。

  私達夫婦は今まで健康上に特に問題もないし、子供は欲しくなったらすぐに出来ると簡単に考えておりました。子作りし始め半年経っても出来ず・・・。私は、当時35歳で高齢であった為、ひょっとしてこのまま出来なかったら・・・とだんだん不安に思えてきてとりあえず、気休めに検査だけでもしておこう!と思ったのがきっかけです。タイミング法を進めながら並行して検査をしていきました。検査の結果、判明した事はひとつ年下の主人の精子の運動率がダメで普通妊娠は厳しいとの事でした。
 予想もしていなかったのでとてもショックと同時に主人へどう伝えようか悩みました。家に帰って、言葉を選び主人を傷つけないように正直に話しました。主人自身もショックだったようですが、事実を受け止め二人で不妊治療をする事に決めました。
 担当の羽柴先生がとても丁寧な心安らぐ先生だったので、羽柴先生を信頼して気楽に前向きになるのが治療の第一歩と考え治療に励むことに決心しました。結果後は、タイミング法から人工授精へステップアップしました。

 人工授精に対しては、何の抵抗もありませんでした。人工授精をすれば、赤ちゃんが出来る!!と前向きに捕らえ、私も薬を飲んで体調を整えながら望みましたが、1回目、人工授精を行いNG。
 2回目、3回目、運動率が悪く人工授精が出来ず。もう、体外受精しか手段がなくステップアップしました。治療中は、心の中でいつも葛藤がありました。願えば叶う、でも期待するとNGだった時にショックを受ける。
 だから、自分の気持ちを制御していました。運がよければ出来る位に思うことにしよう!でも、本当は心の中ではものすごく期待していて、結果が待ちきれなくて市販の妊娠検査薬を購入して無駄に検査してみたり・・・自分がいて、結局生理がきてしまうと深く傷ついてしまう。の繰り返しでした。
 いつの間にか私は、抜ける事の出来ない長いトンネルに入ってしまっておりました。

 私達が体外受精?!初めはかなりとまどいました。そのうち体外受精して、出来なかったら??どうしよう?不安がよぎるようになりました。でも、ダメもとでやってみるしかない、私達の人生なので後悔することのないように納得のいくまでがんばろうと心に決めました。
 2周期目卵も順調に育ち採卵数19個、成熟卵数17個、正常受精卵数14個 という結果になりました。体外受精もいよいよとなった時に、今回の移植はNGとなりやるせない気持ちになりました。そして凍結法になり、改めて気持ちをリセットして治療を続けながら体調を整え、ひとつ融解して残りは凍結し移植しました。(移植胚盤胞凍結胚4個 前核期凍結胚8個 移植胚 5AA)今度こそは、と前向きな気持ちで望みました。
 移植の際は、移植の前日から緊張のあまり眠れなくなりましたが、あっという間に終わり主人に迎えにきてもらいほっとしたのを覚えてます。

 移植後1週間も経たないうちに待ちきれず、市販のクリアブルーで検査しました。
 うっすら陽性反応が出た瞬間の出来事は今でも忘れられません。それでも安心できず、クリニックでの検査結果を待ち、結果がでた時の喜びは今でも忘れられません。

 私は、共働きで(会社には不妊治療をしている事を誰にもいえず)、仕事にも責任がある為、時間にも精神的にも全く余裕が無く、有給休暇をとる事も必至で調整して、通院・薬の服用・自己注射をする事が本当に辛い日々でした。
 主人には、可能な時は家事の協力、色々心配して声をかけてくれるのですが、ノー天気だったり的外れだったり、良かれと思って発言することが傷つくような事をいったり、精神的にも不安定で毎日イライラしていました。
 私の大変さの全てを理解してもらうのは難しく、それでも二人で励ましあって乗り越えていきたかったので、それを伝える為に何度もけんかし、主人もクリニックでの体験記を読んだりして、少しは理解してもらえるようになりました。
 当時は、私も気持ちのコントロールがうまく出来ずにいましたが、支えてくれた主人には感謝しております。

 総合病院にて出産しました。若い頃素敵なクリニックでの出産を夢見ていましたが、高齢出産で子宮筋腫が3つもあったことから、設備の整った総合病院にしました。
 同年代の人が沢山いてよかったです。現在、37歳、産休・育児休暇中です。毎日、育児で大変ですが娘の日々成長する姿を見てとても幸せです。最後に浅田先生、羽柴先生へ人工授精・体外受精に関しての世の中の意見は、賛否両論です。
 赤ちゃんが簡単に授かった人に多いのですが、子が出来ない辛さを理解できず、『赤ちゃんはこうのとりが運んできて自然に授かるもの』という考えを持ち不妊治療に対し後ろ指を差す人も中にはいます。
 一人目不妊はいいが二人目不妊はちょっと・・・という人もいます。人の考えは色々でいいとは思うのですが、これから治療を受ける人の為にも不妊治療に対し世の中に少しでも理解してもらえるような環境があればいいなと思いました。毎日ご多忙の日々が続いていることでしょうが、これからもひとりでも多くの人に赤ちゃんを授ってもらい幸せになってもらう事を願っております。
 本当に、ありがとうございました。
レター

2011年3月に出産された患者様から4

掲載日:2011年9月22日
 不妊治療をはじめて7年目でやっと我が子を抱く事が出来ました。
 1件目の病院で男性不妊が発覚して顕微授精しか方法が無いと言われすぐに治療にとりかかりました。その頃はロング法が主流でした。しかし移植しても妊娠にはいたらず、働きながらの治療でしたので身体がロング法に合わず他の病院に転院しました。
 2件目の病院では体に負担が少ないと言われる自然周期の病院を選びました。ロング法が合わなかったので、ここの病院を選んだのですが、しかし4回顕微授精しましたが1度も移植にもいかず途方に暮れていました。2件とも愛知県そして、全国でも有名な病院です。
 もうできないかと思いましたが、男性不妊に強い病院という事で浅田レディースクリニックに最後の賭けで通院を始めました。
 もうこの頃には高齢出産と言われる年齢に入っていました。貴院で色々検査をしていき、私にはアンタゴニスト周期があっているということで開始してみると、1回のチャレンジで妊娠に至る事ができました。
 長年の月日を経て、色々な方法の治療を経験して、つくづく自分に合っているかどうかを見極めてくれる病院は大切だと思いました。移植できる卵ができた日、移植した日、妊娠がわかった日、我が子に会えた日はうれしさでいっぱいでした。
 大変感謝しています。ありがとうございました。2人目でもお世話になりますのでまたよろしくお願いします。
レター

2011年2月に出産された患者様から3

掲載日:2011年9月16日
浅田レディースクリニックの先生方、スタッフの皆様、無事に出産することが出来ました。
 7年間、つらく長かったですが、夢を叶えてくださって、本当にありがとうございます。21歳の時に、原因不明の腹痛に襲われ、すぐに入院。左右卵管を切除することに... 自然妊娠が不可能になり、この先、この体を受け入れてくれる人がいるのか、結婚はできるのか... 諦めて、遊びほうけるのか... そんなときに、旦那と知り合い、理解してくれて、23歳で結婚しました。
若い方が妊娠しやすいと聞いたので、すぐに、体外受精をはじめました。
 初めての病院で3回、病院を変えて2回、いちども、着床できず... その後、浅田レディースクリニックに移り、一度目で陽性がでて、嬉しくてしかたなかったのですが、育たず、流産することに... あの時は、まだ育つかもしれないと、先生にわがままをいってしまい申し訳ありませんでした。 勉強不足でした。
 この日から、4年後、ずっと凍結されていた受精卵を戻しました。そして、陽性。
  毎日、不安な日々でしたが、すくすく育ってくれて、2月に無事に産まれてきてくれました。
自然妊娠ができないので、治療する以外可能性がなく、お金もかかるので、簡単に治療もできず、精神的におかしくなりそうでした。
 病院の、出産された方の手紙を読むのも辛く、まさか、この日が来るなんて信じられません。  7年、7回の治療でしたが、もっと苦しんでる方もたくさんいると思います。
 治療がうまくいきます様、願っています。
レター

2011年3月に出産された患者様から4

掲載日:2011年9月16日
 顕微受精1回にて妊娠しました。
 毎日の注射は非常に痛く苦痛でしたが、無事卵子を採っていただきその翌月移殖。妊娠できました。
 妊娠二か月頃はつわりもひどく出血もあり、切迫流産となり会社を一カ月休みました。しかしその後の経過は順調で産休をとり予定より二週間早くですが、無事男児を出産することができました。
 妊娠する前は先がみえない不安に押しつぶされそうでした。また妊娠してからも心配は絶えずありましたが、生まれた今となっては可愛い我が子を抱くことができて、本当に頑張ってよかったなと思います。
 病院に行くこと自体に抵抗を覚えたり、治療に戸惑う人も多いかと思います。
 金銭的にも肉体的精神的にも正直辛いこともあります。しかし、実際子供を授かるとすべてが吹き飛んで辛いことも忘れてしまいます。
 苦労の後にはきっといいことがあることを信じてお互い頑張りましょう。
 最後になりましたが、病院と先生方、スタッフのみなさんに感謝したいと思います。
レター

2011年1月に出産された患者様から4

掲載日:2011年9月 9日
 昨年の6月に受精卵を移植していただいたおかげで男女の双子を授かることができました。
 浅田先生、羽柴先生、女性スタッフのみなさま、培養士のみなさまに感謝の気持ちでいっぱいです。
 4年間不妊に悩み苦しんで浅田レディースクリニックに通うようになって、夫婦の絆がしっかりして、2年以内で結果を出すとの宣言通り1年で妊娠することができました。
 1年前のちょうど今頃わたしのお腹に2つの命が来てくれたことを知りました。
 双子だと受け入れてくれる病院が少ないと知り焦ったこと。以前妊娠10週で心拍確認後流産をしていたので、無事に出産までこぎつけるか不安で不安で仕方なかったこと。今はお空に逝ってしまったあの子がわたしの元へ帰ってきてくれてずっと憧れていた子育てができて嬉しいです。
 一番の感動と38歳高齢出産を可能にしてくださって、本当にありがとうございました。

 ~浅田レディースクリニックに通われてる方へ~信頼できるクリニックです。
 心身共にストレスなく大阪から通院できたのは、先生方の腕となんといってもベテランの看護師さんとカウンセラーの方々の励ましの言葉でした。
 前向きに考えれるようになったのも通院が楽しみになったからです。わたしは子供という宝物はすぐに授からないことで命の大切さを深く知ることができました。
 育児に追われても双子の新米母として覚悟ができたのも事実です。一歩ずつ妊娠に向かって進んでいます。
 準備期間が長い程幸せの価値は上がると思います。
 不妊治療中大変お世話になりましたありがとうございます優しい温和な羽柴先生がいてくれてよかったです
レター

2011年4月に出産された患者様から1

掲載日:2011年9月 9日
 2010年1月の説明会を受けてから、2回の人工受精、1回の体外受精で、その年の8月に陽性判定をいただきました。
 半年ほどの通院で、まさか妊娠できるとは思っていなかったため、クリニックの技術力の高さに感謝しています。
 短い期間の通院でしたが、治療中は不安になることも多かったのですが、先生始め看護師の方々、コーディネーターの方々、受付の方々など多くのスタッフの方々に支えていただきました。  本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 こうして我が子を抱くことができたのも、クリニックの皆さまのおかげです。
レター

2011年1月に出産された患者様から4

掲載日:2011年9月 2日
 「妊娠した人のメッセージ」 私は通院しているとき読みたくない、も読もうかなと複雑な気持ちをいだいていました。
 今も書いても良いのかなと思っています。なぜならそこには複雑な思いがありますし、自分もつらかっただけに簡単に言葉にできない思いがあるからです。
 治療、通院はそれだけでとてもつらいものです。悩んでいる人しかわかりません。私自身誰にも言いたくないとかかえこんできました。
 ただいつも考えて出す結論は、<後悔したくない>でした。
 後悔しないように選択してください。そして自分を責めず、人をねたまず。笑顔を忘れないでください。みんなかけがえのない人ですから。
 浅田先生羽柴先生、関係者の皆様その節は大変お世話になりました。
 ふたごの妊娠はたいへんで、出産前には11月から1月まで入院し手術し、生まれてからも育児が大変です。
 最近4カ月になり少し楽になってきました。どうか体に気をつけてください。
 本当にありがとうございました。
レター

2011年3月に出産された患者様から3

掲載日:2011年9月 2日
 浅田先生、スタッフの皆様、治療中は大変お世話になりました。
 3月17日に、無事元気な女の子が誕生しました。私は、一人目から浅田レディースクリックに2年間通っていたのですが、途中主人の転勤で大阪に行く事になり大阪の不妊治療クリニックに通い、顕微授精にて男の子を授かりました。
 一人目を授かるまでに2年以上かかり、まわりの友達や親戚がどんどん子宝に恵まれ追い越されていくにつれ、なんで私だけ・・・という思いが強く、本当にあのころは泣いてばかりいて精神的に追い込まれていました。
 そんな中、同じ悩みをかかえ不妊治療で子供を授かった友達がいたので、話を聞いてもらうことが出来、辛さを理解してもらえる友達がいたから、辛くても頑張ってこれたんだと思います。
 治療中は、私には子供ができないんじゃないか・・・と何度もくじけそうになり、不妊治療はやったことがある人にしか大変さは分からないと思います。
 精神的にも、金銭的にも、肉体的にもつらいものです。でも、今では2人の子供を授けていただき、あの時本当に諦めなくて良かったとつくづく思いますし、今はあの辛さは嘘のように、今はとても幸せでいっぱいです。
 二人目は、上のやんちゃな子を連れでの通院だったので大変でしたが、顕微授精移植3回目で妊娠する事が出来ました。
 浅田レディースクリックの皆様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 上のお兄ちゃんも、赤ちゃんをとても可愛がってくれています。2か月になった娘も、目が見えるようになり笑顔も増え可愛くてしかたないです。
 治療中の皆様も、辛い思いをされてると思いますが、必ず授かる事を信じて先生を信じて頑張ってください。最後に、本当に有難うございました。
レター

2011年4月に出産された患者様から1

掲載日:2011年8月26日
 現在43才、この度4月9日に無事男の子を出産することができました。
 浅田L.Cにお世話になる前、他院で5回の顕微受精をしましたが、いずれも妊娠することなく、先の見えない治療に心身とも疲れ、一時は治療を止めてしまっていました。
 そんな時エチカの鏡で浅田先生のことを知り、悔いは残したくない、最後にもう一度だけこの先生の所でがんばってみて、ダメだったらあきらめようと思い、浅田L.Cに通い始めました。
 結果的には治療期間1年2カ月、6回の顕微授精で3回の着床、高齢なのもあり2回の流産を経て、今回の出産に到りました。
 治療中は精神的につらいことも多々ありました。移植後の陰性判定、着床の喜びもつかの間、心拍が止まってしまって流産手術、何度も涙しました。
 子供がいる生活だけが全てじゃないと、主人と2人だけの家族の在り方、幸せとは何か、いかに生きていくかを考えながらの治療でもありましたが、今この腕にわが子を抱くことができた喜び・感動は忘れられません。
 このクリニックを開業して下さった浅田先生、自分のことのように一緒に悲しんだり喜んで下さった羽柴先生、そして一番お世話になった佐野先生、他看護師さん、培養士さん、他スタッフ皆さんのおかげだと、どれだけ感謝してもしきれない思いでいっぱいです。
 そして涙しながらも信じて頑張った自分と、支えになってくれていた主人にも感謝です。
 他院は一か所しか知りませんが、採卵数、受精卵の質・数、着床率からみても、浅田L.Cは質の高い治療を提供して頂いていると思います。いつも忙しくて大変そうですがお身体に気をつけて、これからもたくさんの人に幸せを配達して下さい。
 本当にありがとうございました。
レター

最初へ 74  75  76  77  78  79  80  81  82  83  84 最後へ

品川クリニック
品川駅徒歩3分

無料説明会
毎月開催
完全予約制

セミナー情報

1分でわかる浅田LCの治療方針特徴