患者さまからのお手紙

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掲載お手紙数614通  毎週金曜日更新

2025年06月に出産された患者さまから

掲載日:2026年4月10日

お世話になっております。陽性判定をいただき、無事に元気な双子を出産することができました。初めて受診した日、吉岡先生がこれまでの経緯を丁寧に聞いてくださり、気持ちに寄り添った言葉をかけてくださったことを今でも鮮明に覚えています。あの日、不安でいっぱいだった心がふっと軽くなり、また頑張ってみようと思えました。振り返ると、先の見えない中で不安や悩みもありましたが、先生方、培養士の皆様、そして温かく対応してくださったスタッフの皆様のおかげで、こうして新しい命を授かることができました。心より感謝申し上げます。まもなく生後6ヶ月になります。子育ては喜びと驚きの連続ですが、二人の成長を楽しみに、家族で大切に育てていきたいと思います。また、私たちにとって浅田レディースクリニック様との出会いは大きな支えとなりました。先生方をはじめスタッフの皆様が寄り添ってくださり、前向きな気持ちで治療に臨むことができました。不妊治療は先の見えない不安や迷いが伴うこともあると思いますが、どうかお一人で抱え込まず、ご自身のペースで進んでほしいと思います。迷われている方にも、ぜひ安心して相談してみてほしいと心から思います。本当にありがとうございました。末筆ながら、皆様のご健康と浅田レディースクリニック様のますますのご発展をお祈り申し上げます。

レター

2025年06月に出産された患者さまから

掲載日:2026年4月10日

妊活を始めて2年後の妊娠でした。1年間は自己流タイミング、2023年夏から浅田レディースクリニックに通い始めました。主人や家族には「まだ子供が出来なくて1年でしょ?そんなに焦らなくても良いんじゃない?」と言われましたが、母が不妊気味であったこと、私の年齢(当時32歳)や今後のキャリアを考えこのタイミングで治療を始めることにしました。浅田レディースクリニックを選んだ理由は、職場が近かったこと、施設が大きく予約が取りやすいという口コミを見たためです。通い始めてからは人工授精を6回行い、全て陰性でした。
その後体外受精へ進みました。体外受精前の採卵では幸いにも複数卵が取れましたが、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)になり、仕事へ向かう途中で吐き気がおさまらず駅のトイレで動けなくなりました。その日中に浅田レディースクリニックで診察をしてもらい、症状は改善しました。体外受精については、全て顕微受精となりました。1回目はかすりもせず陰性、2回目は化学流産、3回目は胎嚢確認後の流産でした。3回目は胎嚢確認していただいた次の日に大量出血。出血とともにトイレに塊が出たのですが、怖くて咄嗟に流してしまいました。その夜に他院を緊急受診し、胎嚢はもう見えないと言われました。翌日、浅田レディースクリニックを受診しました。出血で胎嚢が隠れているのかも知れないため、ホルモン補充の薬を続けるようご指示いただきました。この時が一番辛かったです。トイレで見たあの血の塊が胎嚢だったという自分の中での確信がありましたが、先生には詳しく説明することが出来ませんでした。あまりのショックで頭で物事を上手く考えることができませんでした。
1週間薬の服用を続けた後、次の診察で流産の判定となったのですが、その時に担当してくださった吉岡先生が本当に優しく寄り添ってくださるお人柄で、人前で自分の感情を出すのが苦手な自分でも診察室で思わず涙を流してしまいました。転院すべきなのか、メルタル的にも治療をお休みするべきか、考えていましたが、吉岡先生のお話を聞いてもう一度頑張ってみようと決心することができました。4回目の移植は、吉岡先生が担当してくださったと思います。2024年9月でした。移植するだけでなく、ベッドに横になる自分の顔の近くまで来て「良い位置に移植できましたからね」と優しくお声がけしてくださいました。流産を2回繰り返していたことから、4回目の移植後は不育症専門のクリニックも並行して受診しました。そこでいくつか検査し、自分は軽度ではあるものの血液が固まりやすい体質であることが分かりました。バイアスピリンを処方しながら妊娠を継続することができ、無事に出産することができました。
友人の妊娠や出産報告に素直に喜べない自分のことがどんどん嫌いになり、友人とはしばらく疎遠となってしまいました。また、私が今書いているような「不妊治療をしていたけれど、妊娠出産できました」という話すら素直に読むこともできなくなっていました。当時はそんな自分のことを責めていましたが、今考えるとそんな必要はなく、自分の気持ちに正直に過ごして、少しでも心の負担が少ない状態で治療に臨むのも良いのかも知れません。私は治療していることを家族に話していました。主人を始め、両親や妹はいつも気持ちに寄り添ってくれ、辛い時に外に連れ出してくれました。一人では決して乗り越えられませんでした。家族みんなに感謝しています。最後に、浅田レディースクリニックの皆様、本当にありがとうございました。特にどん底にいた私を優しい言葉で救ってくださった吉岡先生には感謝してもしきれません。逆子のため帝王切開となりましたが、初めて我が子を抱いたあの瞬間は今思い出しても涙が出るくらい、言葉には言い表せない大変幸せな瞬間でした。現在は子育てでバタバタな毎日を過ごしていますが、隣ですやすや眠る我が子を見て「諦めなくて本当に良かった」と思います。まだ凍結胚を保管していただいているので、またいつかお世話になるかと思います。その際はどうぞよろしくお願いいたします。

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2025年06月に出産された患者さまから

掲載日:2026年4月 4日

1人目も浅田で治療の末出産しました。その時は1回の採卵1回の移植でできたのですごくスムーズにすすみました。子どもが2歳になって2人目の治療に行きましたが苦戦続きでした。最初の採卵で6個の胚盤胞と4つの初期胚が凍結してありました。8回全部移植しても妊娠に至ることはありませんでした。
若い時の卵が凍結してあると安心している部分があったのでとてもショックでしたがあらたに採卵をすることにしました。AMHが低くなっていて前と同じ採卵法ではなかったですが6個の初期胚ができました。それを2つ移植して1つ着床し妊娠に至りました。うまくいかない時に患者さんからの手紙を読んでなんども励まされました。子どもを連れて受診した際子どもが待ち時間が長くてぐずりだした時優しくしてくださった方がいました。本当にありがとうございました。

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2025年05月に出産された患者さまから

掲載日:2026年4月 4日

1人目の時に、授かるまで2年かかったので2人目を考えた時には最初から不妊治療しようと決めていました。人工授精を一回して授かれなかったら次は体外受精へすぐステップアップしました。なるべく早く授かりたい気持ちがあったのと、私自身1人目を産んでから子宮腺筋症を患っていたためです。
採卵も2回行い、流産も2回しました。ゴールの見えない暗いトンネルから中々出られず苦しい日々でしたが、3回目の体外受精でやっと心拍が見えるようになりました。クリニックを卒業しても、また流産してしまうのではないかと不安な日々でしたが無事元気な男の子を出産することができました。一年ほど勝川クリニックに通い、家からも遠く大変でしたが最後まで諦めずに通い続けてよかったと思っています。産まれて半年経ちますが、元気にすくすく育っています!先生方や看護師さんたちには感謝しかありません。
これから始める方ももう不妊治療始めている方も気持ちに迷いや不安があるかと思いますが、自分の納得がいくまで向き合ってもらえたらと思います。

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2025年07月に出産された患者さまから

掲載日:2026年3月27日

2023年の2月に不妊治療をはじめ、タイミング法5周期、人工授精4回経て、体外受精7回目で初めての陽性判定、2025年7月に34歳で第一子(男の子)を 無事出産することができました。不妊治療を始めた当初は、自宅から近い地元の産婦人科クリニックに通っていましたが、不妊治療専門ではないので、待合ではお子さん連れの方や妊婦さんと一緒になり、治療がうまくいっていなかった時期は正直辛く感じてしまうこともありました。またお産も行っているクリニックであったため、予約をしている場合も待ち時間が長くなることがあり、仕事と治療の両立が難しく精神的に負担を感じていました。そんなときに、友人から浅田LCを教えてもらい、職場からの近さや、不妊治療の専門クリニックであること、また治療実績などを踏まえて、こちらのクリニックに移って治療をすることに決めました。
治療と仕事のスケジュールの調整はなかなか難しいですが、浅田LCは予約もアプリでできたので比較的スケジュールをコントロールでき精神的にすごく楽でしたし、待ち時間も土曜日などの混んでいるタイミングでなければそれほど待たずにすんだこともありがたかったです。治療に関しては、検査の結果、特段不妊の原因となるようなものはなく、それでも人工授精、体外授精と回数を重ねてもなかなか結果が出なかったので、毎回結果を聞いては落ち込み、原因が明確に分かれば何とかしようもあるのになあと、途方に暮れた気持ちでいました。
保険適用になる回数も超えてしまって、経済的なことも考えるといつまで治療を続けるのか、辞め時も考えなければならないなと思っていたときに、初めて陽性判定をみることができました。ずっと陰性ばかり見てきていて、特に自覚症状もなく、今回もだめだろうなと心の準備をして診察室に入ったので、陽性の結果を聞いたときはすぐには信じられませんでした。診察室を出てからじわじわ実感がわいてくるも、これまでずっと陰性だったのでこの子が本当に順調に成長していってくれるのかと、しばらくは喜びよりも不安のほうが強かったですが、心拍が確認できて、浅田LCを卒業して、性別がわかって、毎回の健診でどんどん大きくなっていって、予定日ぴったりで生まれてきてくれた我が子を抱いたときは感動が止まりませんでした。
仕事と治療スケジュールの調整がしんどかったり、毎日の自己注射が大変だったり、それでも結果が出なくて落ち込んだりと治療期間中は気持ちが沈んでしまうことも多かったですが、諦めずに治療を続けてよかったと心の底から思います。浅田LCに通っていなければ、今この手に我が子を抱くことはできていなかったと思います。本当に、本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。不妊治療を経て、子どもを授かれるということは本当に奇跡的なことなんだなと改めて実感しました。その奇跡の確率を高めてくださるのが浅田LCでの治療だと思っています。
治療を始められる方、治療中の方、それぞれお体の状態やご事情・背景など異なると思いますので、無責任に、「がんばって」「諦めないで」などとは言えませんが、私の体験がどなたかの希望や心の慰めの一助になりましたら幸いです。

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2025年04月に出産された患者さまから

掲載日:2026年3月27日

不妊治療について夫婦で相談に行き、年齢等をを鑑みた上で先生方からの体外受精を最初から提案いただき、あれよあれよという間に、採卵、体外受精、妊娠、クリニック卒業となりました。仕事も続けながら順調なマタニティーライフと思っていたところ、突然妊娠高血圧になり、未熟児を帝王切開で出産しました。
我が子は未熟児で生まれましたが、現在はとても大きく健やかに成長しています。妊娠高血圧は何が原因かは特定はできないそうですが、高齢・肥満は原因の一つになるとのことです。私の場合は母体のダメージも大きく、現在も一部通院しています。ただ、我が子に出会えたことは何事にも変え難いことです。
携わっていただいた先生方に大変感謝しています。不妊治療にあたっては並行して自分の体調のメンテナンスももっとやっておけばよかったなと思います。妊娠中の病気の予備知識も無さすぎました。妊娠することに全力になってしまいがちですが、その後のこと頭にいれながら自分の身体を整えることが大事と、自分への反省もかねて今後治療にあたられる方に伝えたいです。

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2025年05月に出産された患者さまから

掲載日:2026年3月21日

こちらのクリニックに転院するまで別のクリニックに通っており、ブライダルチェックの結果が問題なかったため、半年以内には妊娠できるという安易な医者の言葉を信じ、タイミング法を半年行い、その後4回の人工授精をしましたが、結果が出ず夫の勧めでこちらのクリニックに転院しました。
転院した頃はかなり精神的にも参っていましたが、こちらの医師の方々は親身に相談乗ってくださり、言葉に重みもあり、前向きに治療に取り組むことができました。結果、初めての採卵で10個の胚盤胞を凍結することができ、一回目の移植で無事に妊娠、出産までできました。30個以上排卵しましたが、OHSSになることもなく、本当に採卵技術が高いクリニックだと感じました!24個採卵したうち、10個が胚盤胞になったので、培養技術も非常に高いと感じました。今のところ子供の発達も順調で、風邪も引かずに健康に育ってくれています。体外受精は自己注射をしなければいけなかったり、時間厳守をしなければならなかったりと、大変なことも多いですが、勇気を出してやってよかったです。2人目も希望しているので、凍結してる胚盤胞を移植しにまたお伺いします。この度は本当にありがとうございました!
無駄のない治療のおかげで、かけがえのない存在ができ、感謝でいっぱいです。

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2025年06月に出産された患者さまから

掲載日:2026年3月21日

他院でブライダルチェックを受けた際に低AMHを認め、早めのステップアップをお勧めされました。体外受精となると身体的、金銭的にも負担がかかることが考えられたため、実績のあるクリニックで治療して少しでも早く妊娠したいと思い、浅田レディースクリニックを受診しました。
初診時30歳、将来的に2,3人子供が欲しいことをお伝えし体外受精がスタートしました。診察は丁寧で、説明もわかりやすくありがたかったです。また立地も良かったことから、頻回受診となっても通院はあまり苦ではありませんでした。(ただ、人気のクリニックということもあり待ち時間はそれなりにありました。)その結果、運良く1回目の胚移植で妊娠することができました。その後、大きな問題なく経過し、無事第一子を出産しました。
浅田レディースクリニックで治療して本当に良かったと思います。ありがとうございました。

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2025年06月に出産された患者さまから

掲載日:2026年3月13日

25歳で結婚しそのうち子供が出来るだろうと思っていましたが、30歳になっても妊娠せず色々な病院に行きましたが、特に原因も分からず年だけ重ねていきました。
39歳の時にここの病院で結果が出なければ諦めようと思い通院し始めました。採卵して受精卵も出来るのに妊娠しないまま3年目になろうとしました。最後にPGTAをしてこれで心置きなく子供の居ない人生を受け入れるつもりでした。41歳で運良く妊娠し、高齢出産でしたがつわりも妊娠中のトラブルもなく42歳で出産出来ました。その後残っていた受精卵を戻し44歳で妊娠、出産し、今は2歳の娘と4ヶ月の息子がいます。
子供のいる生活は大変ですが、充実しています。もっと早くこの病院で治療していたら、時間もお金も無駄にしなかったのかと思うこともあります。
治療に迷っている方は少しでも若いうちに始めた方が、時間もお金もかからないと思います。

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2025年05月に出産された患者さまから

掲載日:2026年3月13日

ここが3軒目の病院でした。ここでダメならもう子どもは諦めようと思っていました。子どもを授かる為に「治療」をしなければならない辛さ。原因がわからないまま治療を続けなければならない辛さ。そしてリセットの日の絶望。全てから解放されたいとさえ思っていました。でもありがたい事に赤ちゃんを授かり、大切に大切にお腹の中で育て、やっと会えた時には言葉には出来ないほどの感動があります。あの治療期間を経験しているからこそ、この命が誕生する「奇跡」を実感します。
今では、子育てに疲弊して、あんなに会いたかった我が子に、あーっ!もうっ!と嫌気がさすこともあります(笑)私もだんだんと母親になる、段階を踏んでいるんだと心に言い聞かせて頑張っています。私は不妊治療をして良かったです。あれほど子どもが欲しいと願って願って願って!ようやく私の元に来てくれた我が子はきっと時間をかけて私を選んで来てくれたんだと、笑顔を見るたびに感じられます。この子の笑顔を見る為に愛情たっぷりで育てていきたいと感じる毎日です。

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