患者さまからのお手紙

掲載お手紙数999通  毎週金曜日更新
1000通を超えたため新しいページに移動しました。

2011年4月に出産された患者様から5

掲載日:2012年1月27日
浅田先生、羽柴先生、チーム浅田の皆様、ご無沙汰しております。
 今回の通院中も本当にお世話になりました。また、この報告ができて、とても嬉しく思っております。浅田LCで授かった第1子もすでに幼稚園の年中になり、元気に通園しております。
 今回の第2子は、大きな男の子でしたが、無事に出産する事ができました。上の子同様、主人によく似ています。皆様には、また一つ幸せを配達して頂き感謝の気持ちでいっぱいです。

 私達夫婦は、男性不妊(先天性精管欠損)で、治療はICSIしかありません。結婚して2年待たず、地元の病院に軽い気持ちで検査に行って、自然には妊娠できない現実をつきつけられた時、とてもショックで、目の前が真っ暗になったのを今でもハッキリ覚えています。  その病院では、なかなか結果が出ず、治療を中断していた時に浅田先生を本で知り、私は、絶対に子供が産みたかったので「この先生しかいない!」って思ったんです。
 私は、浅田先生にめぐり会えて、本当に幸運だと思いました。そして、先生が私達を長いトンネルの出口に導いてくれ、結婚7年目に第1子を抱く事ができました。今回も私の中に浅田先生を信じれば大丈夫!という確信があったので、通院が楽しかったです。
 しかし、前回の治療から4年経っての採卵からの治療で、35才を超えていたので、正直卵の老化が気になりました。ですから、体を冷やさないように心がけたり、有害と言われる化学物質をできるだけ避けたり、自分なりに日常生活に気を配るようにしました。
 でもそれは、浅田LCのドクターやスタッフの皆さんが、いつも最高の治療と配慮を提供してくれるので、それを無駄にしたくないという気持ちが私の中で大きかったと思います。
 おかげで、グレードの良い胚盤胞まで育った受精卵が3個もできて驚きました。第2子を自分の胸に抱いた時は、結婚から10年が過ぎていましたが、姉弟ができて本当に良かったと思います。私は、諦めなくて良かったなぁ。とつくづく思います。
 第1子の時も命の尊さを本当に感じましたが、今回も一つ一つの細胞が生命の源だという事を改めて実感しました。そういう事もこれからの子育ての中で伝えていこうと思いました。
 浅田先生、羽柴先生、チーム浅田の皆様、とてもハードなお仕事ですが、お体を大切にして、これからも患者さんに幸せを配達して下さい。影ながら応援しています。
 浅田LCにめぐり会えた事に夫婦で本当に感謝しています。ありがとうございました。
レター

2011年5月に出産された患者様から6

掲載日:2012年1月27日
浅田先生 羽柴先生 佐野先生 看護師さん スタッフの皆さん 大変お世話になりました。
 5月に無事男の子を出産しました!結婚して子供が欲しいと思っていましたが、なかなか授からずお互い共働きだからかな~と思ってみたりしてました。
 それでも1年 2年。。。とどんどん時は過ぎそんな時、友達から浅田先生を紹介してもらいました。そのお友達も浅田先生にお世話になった方です。仕事しながら通院し、検査してもらっても二人とも異常なし、タイミング、人工授精、それでも授からず。。。落ち込む毎日でした、、、
 次は体外受精、二人で悩みましたが 私たちの子供に会いたい!!お互いの気持ちも強かったのです!体外受精をお願いすることにしました!
 先生方、スタッフの皆さんの協力のおかげでこうしてお礼の手紙、報告が出来る日がきました!今治療している皆さんもぜったいに我が子に会える日が来ます。。
 みんな笑顔になれますよ!!妊娠するまで不安があると思いますが不妊治療を通じて幸せな赤ちゃんの誕生、幸せな家庭を作る手助けをしてくれるクリニック。
 信じて笑顔になってください。
レター

2011年6月に出産された患者様から4

掲載日:2012年1月20日
私は浅田先生に10年以上もお世話になり、二人の子供に恵まれました。採卵や胚移植等、何度試みたか分かりません。ただただ子供がほしいの気持ちだけでした。
 顕微授精でしか子供は出来ないと言わた事、授かった直後に心肺が停止し手術した事、一人目の時は、切迫流産になりそうだった事など、大変な事は数えきれません。
 今回二人目が産まれてようやくクリニックを卒業できましたが、産まれた時には40歳目前、これを最後の胚移植にしようと決めていました。
 ここのクリニックだけでいいいのか、他にもっといい病院があるのではないかとも何度も思いました。経済的にも大変でした。こんな毎日がいったいいつまで続くのだろう・・・と途方に暮れ落ち込み泣きました。
 でも子供が欲しいなら治療をするしかなかったのです。どんなに泣きたくても、欲しいならクリニックに足を運ぶしかなかったのです。どんなに楽しいレジャーよりも買い物よりも、子供を授かる以上の喜び、充実感は無く、ひといき落ち込んだらまた頑張ろうの繰り返しでした。どんなに落ち込んでもやっぱり子供が欲しい。その気持ちがいつも勝っており、いいかげん諦められない自分が嫌になることもありました。
 だから今回、もしこれで出来なくても私は頑張った、本当に本当に頑張った。40歳からは心機一転、新しい人生を出発させようと腹を決めました。・・・・これから治療を始める方、治療の真っただ中にいる方、迷っている方、たくさんいらっしゃると思います。
 又、お仕事の都合や経済的な事もあると思います。そんな中でもご自分のやれる範囲の中で精一杯頑張って下さい。皆さんには後悔はしてほしくありません。
 とことんやってみると次のステップが見えてきて、気持も落ち着いてきます。あちこち変わらずに、浅田クリニックを信じてきて良かったです。
 沢山の先生方、スタッフの皆さんに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
レター

2011年4月に出産された患者様から6

掲載日:2012年1月20日
浅田レディースクリニックのみなさん大変お世話になりました。
 私はAMHの値が低く 採卵できた卵も1つだけでした。これが上手くいかなかったらまたはじめからか・・・とマイナスに考えてしまったりすることもありましたが、願いを込めたたった1つの卵ちゃんで見事妊娠、出産することができました。
 以前クリニックで私と同じ様に卵が少なく1つでもできれば幸いという方が妊娠されたという文章を目にして、とても励まされました。卵が少ないという現実に落ち込んでいた私が、「私だけじゃない」同じように頑張ってる人がいる、そして妊娠してる人がいると感動して涙したのを覚えています。同時にとても勇気づけられました。
 治療を頑張ってるみなさんがこの文章で少しでも気持ちが晴れやかになって頂けると嬉しいです。
 たくさんの涙がたくさんの笑顔になります様に・・・浅田レディースクリニックの先生、スタッフのみなさん本当にありがとうございました。
 また治療に通う時はどうぞよろしくお願いします。
レター

2011年3月に出産された患者様から6

掲載日:2012年1月13日
 浅田レディースクリニックの皆さま、お元気でしょうか。お手紙が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。
 私は3月10日に女児を無事出産しました。
 私は男性不妊のため、体外授精へステップアップしました。そして2回目の胚移植で着床しました。
 私の周りでは不妊治療をしている人がいなかったため、治療の大変さ、辛さを相談できる人があまりいませんでした。
 精神的に不安定になってイライラすることも多かったですが、家族に支えられて治療を続けることができました。そして、夫婦の絆を再認識することができたと思います。
 今は育児で毎日が大変ですが、我が子を愛おしく想い、また人を育てていく責任の重さを日々感じています。このような充実した幸せな気持ちを感じることができるのは、先生方をはじめ皆様のおかげです。
 母親になることができて、とても幸せです。本当にありがとうございました。
レター

2011年6月に出産された患者様から3

掲載日:2012年1月13日
 色々お世話になりありがとうございました。やっと出会えた我が子がかわいくて仕方ありません。今の幸せがあるのも、あの時諦めなくてよかったと思っています。
 3回目の移植で妊娠することができました。正直、どうせまたダメだろうと諦めていたので、妊娠がわかった時は信じられなかったです。
 ダメだとわかるたびに、涙が出てもうやめてもいんじゃないかと何度も思いました。
 諦めなくて本当によかったです。でも諦めなければ、いつか叶うと思います。治療中は大変だし、辛いけどいつか出会えると信じて頑張ってください。
レター

2011年7月に出産された患者様から1

掲載日:2012年1月 6日
浅田先生、羽柴先生、佐野先生、看護婦の皆様、スタッフの皆様、その節は大変お世話になり、有難うございました。
 出産前後のめまぐるしさで、お礼が遅くなり、申し訳ありません。
 私が妊娠できたのは38歳、浅田LCに通い始めてから10か月、採卵2回、移植3回目でした。ちょうどその1年前には初診説明会の予約を取ろうとパソコンの前で必至になっていたことを思い出し、信じられないような気持ちでした。
 こちらで10か月といえば短い方かもしれませんが、私にとってはとても長く感じられました。岐阜から通っていましたので、通院に片道1時間半かかりましたし、治療費用も大きな負担でした。
 何より辛かったのは1回目の採卵の結果が良くなかったことです。私はショート法で30個程採卵できたのですが、胚盤胞まで育ったのは2個、ランクも良くありませんでした。体外受精(私達の場合は顕微)は最後の砦で、体外に進みさえすれば妊娠はできるだろうと頭のどこかで考えていたので、ほとんどの受精卵が育たなかったと分った時にはかなりのショックで、頭が真っ白になりました。2個とも着床しませんでした。
 少しの間、焦ったり迷ったりしましたが、結局腹をくくりました。もしかしたら妊娠は無理かもしれないと。でも、説明会での浅田先生の話を聞いて、実際に浅田LCに通ってみて、ここ以上の治療は他では望めないし、ここで無理なら妊娠を諦めようと思いました。
 費用を考えると、私たち夫婦の場合は期限は1年半、それまでできる事は精一杯やって、それでも無理だったら諦めようと思いました。そうやって決心して前向きに治療に臨めたのは、浅田LCを心から信頼できたからだと思います。
 私の不妊治療歴は5年で、浅田LCは4件目の病院でした。他の病院では、妊婦さんに囲まれて「何故私だけできないの?」と妊婦さんをうらめしく思ったり、医師の一言に傷ついては病院のトイレで声を殺して泣きました
 。初めて人工授精を受けた時は、専用の待合室で机に突っ伏して声を上げて泣きました。ですが、浅田LCに通い始めてからは、先生、看護士さん、スタッフの方々の対応に本当に心が癒されましたし、また同じ悩みを抱えた方がこんなにいる事を知り、焦りや不安が少なくなったように思います。
 2回目の採卵前には、Lカルニチンを飲み、サンビーマーを3か月間レンタルして毎日やりました。それが良かったのかどうか分かりませんが、(個人的には効果があったように思っています)胚盤胞まで育ったのは1個でしたが、そのたった1個で妊娠、出産まで至りました。
 妊娠期間は年齢の割に大きな問題はなく、順調でした。娘も今のところ順調に育ってくれています。
 こうやって浅田LCに手紙を書くまでは、顕微授精で授かった事をすっかり忘れてしまっていた程、普通の妊娠出産となんら変わりなく、娘を見ていると、あの受精卵がこうなったのかと不思議に思うくらいです。
 本当に浅田LCと出会えて良かったと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。先生、看護士、スタッフの皆様方におかれましては、ぜひお元気で、今後もたくさんのこうのとりを運んで頂けたら・・・と思います。
 ありがとうございました。また二人目もよろしくお願いいたします。
レター

2011年6月に出産された患者様から2

掲載日:2012年1月 6日
結婚9年目にして2011年6月に男の子を出産しました。
 授かったのは浅田レディースクリニックで顕微授精2回目をした2010年9月でした。
 内膜症、チョコレートのう腫、子宮筋腫のため結婚2年目から別の病院で不妊治療を開始し、途中、心身ともに疲れ果てて休憩もしました。その病院では体外受精1回顕微授精7回行いましたが、授かりませんでした。もう諦めようかとも考えましたが、年齢に限りのあるものなので、やれるだけやって後悔はしないようにもう1度再開してみようと考え、浅田LCにお世話になることにしました。
 すると!!顕微授精2回目にして授かることができたのです。本当に嬉しかったです。出産は出血2リットルをともなう難産でしたが、今はすっかり元気になり、かわいいわが子を毎日見ることができ、本当に幸せです。あきらめなくて良かったと思っています。
 授かるためにいろいろな努力をしました。鍼灸院に通ったり、体を温めるよう努力したり。。。
 授かった周期は、なぜかアンチミューラリアンホルモンの値がすごく改善されていて、先生から不思議がられました。自分としては、加圧トレーニングに通ったことしか考えられないな、と思っています。アンチエイジングが卵巣にも効いたのではないかと。。。医学的には根拠はないのかもしれませんが。
 今、治療をがんばっている方々、状況が許すのであれば、あきらめないでがんばってください。私の場合は体外、顕微合わせて10回目で授かりました。
 浅田LCを信頼しておまかせしたのが良かったと思っています。
 技術や設備が病院によってかなり差があることも知りました。もっと早く浅田LCにお世話になれば良かったです。
 最後になってしまいましたが、先生方、培養士の方々、看護師の方々、本当にありがとうございました。出産が大変でしたし、年齢のこともあるので2人目はどうなるかわかりませんが、凍結卵もありますので、頑張れたらな、と思っています。その時はまたよろしくお願いいたします。暑さ厳しき折、お身体をくれぐれもお大事になさってください。  
レター

2011年6月に出産された患者様から1

掲載日:2011年12月22日
 友人達がみんな子供を授かり、集まっても話題は子供の話ばかり・・・。
 職場でも同世代の女性社員が次々産休・育休を取得し自分ばかりが「子供いないでしょ?」と彼女達の仕事を肩代わり・・・。(しかも治療のための休暇取得や早退は認めてもらえる雰囲気は無く結局退職)
 親戚が集まれば、子供の話は気づけばタブーとなり腫れ物に触るかのような扱い・・・。夫との気持ちのすれ違い。重くのしかかる治療費の負担。注射の痛みや、腫れた卵巣の痛み。治療の回数を重ねるほど高まる期待と、ダメだった時を考えての恐怖感。そして、やっぱりダメだったか・・・とトイレで涙。
 思い出しても辛いことばっかりでしたが、それでも頑張れたのはこれまで通っていた病院よりずっと先生の説明に希望が感じられたし看護師さんたちもとても優しかったし培養士さんたちの技術にも信頼がもてたからです。
 今、これを読んでいるあなたはどうですか?きっと同じような辛い思いをし、そしてすごく頑張ってるんだと思います。
 治療のことで心配なことがあるなら先生に聞いてみてください。真摯に答えてくださいます。卵のことで気になることがあるなら培養士さんに聞いてみてください。丁寧に説明していただけます。
 心が折れそうになったら、看護師さんに打ち明けてみてください。あたたかく受け止めてくださいます。私も何度助けていただいたかわかりません。そして、きっちり結果を出してくださいました!
 自力では生理すらおこせない私ですが、2つの病院で見放された私ですが、今、私の腕の中には赤ちゃんがいます。
 諦めずに本当に頑張ってよかったと夫婦で何度も何度も話しています。心から幸せだなぁと思えます。
 治療を頑張っているあなたに一日も早く、赤ちゃんが授かりますように応援しています。
レター

2011年5月に出産された患者様から6

掲載日:2011年12月22日
 3か月になる息子の顔を見ながら、どんな言葉ならこの感謝の気持ちを伝えられるのか考えましたが、気持ちを全部表せるものはみつかりませんでした。
 これまで心身ともにたくさんの辛い思いをしましたが、それも自分には必要な経験だったと思えるようになりました。
 不妊で悩んでいる方をみると、それがTVの中の人でも、浅田レディースクリニックを教えてあげたい、といつも思います。五つも六つも婦人科の病気があった私が、こうして我が子を授かることができました。
 妊娠するまではなかなか信じて通うことは難しいかもしれません。私は妊娠反応が陰性だったり、流産してしまったりした時、「やっぱり自分には無理なんだ」という気持ちが大きかったです。
 それでも通い続けられたのは、直接話すことはなくても、周りの人もみんな頑張っているんだと思えたこと、今何もしなかったら後悔すると思ったこと、先生方やスタッフの皆さんが親切で気持ちが良かったこと、心の片隅では自分の赤ちゃんを抱きしめられる未来を信じていたから、だと思います。
 浅田先生をはじめ、羽柴先生、佐野先生、心温かなスタッフの方々、本当にありがとうございました。
 この子を連れてまた通える日が来ることを楽しみにしています。
レター

最初へ 83  84  85  86  87  88  89  90  91  92  93 最後へ

品川クリニック
品川駅徒歩3分

無料説明会
毎月開催
完全予約制

1分でわかる浅田LCの治療方針特徴