患者さまからのお手紙

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2011年9月に出産された患者さまから1

掲載日:2012年4月 6日
チーム浅田:勝川の皆様、ご無沙汰いたしております。
 おかげ様で2011年9月27日に元気な女の子を授かりました。2度の子宮外妊娠により両卵管を失い、37歳という年齢も後押しして妊娠・出産を諦めておりましたが、今我が子の安らかな寝顔を見ていると本当に諦めなくて良かった、と心より思います。
 私は不妊治療の原因もはっきりしており、夫や双方の両親も協力的でまた職場の時間の自由も効いてかなり恵まれた環境ではありました。
 一般的に不妊治療は女性に負担がかかる、といいます。身内や世間の扱いに苦痛を感じている方も大勢いらっしゃると思います。でも、子供が生まれた時、一番に幸せを感じるのは私達女性。子供が生まれた時『報われた』と思い愚図る子供をあやしている時『母としての幸せ』を感じます。
 そして、この道に導いてくださったチーム浅田:勝川の皆様に心より感謝しております。私の通っていた産院の院長は『体外受精』を気にしている私に言いました。『卵がどうだとか、どうやって妊娠したかなんて、関係ない』『今あなたがやらなければいけないのは元気な子供を生む事!』『細かい事、ごちゃごちゃ考えないのっ!』細かい事気にしていた私にとっては涙の出るお言葉でした。
 不妊治療に通っている皆さんは精神的、体力的、時間的、金銭的に辛い事もあるでしょうけど無邪気にバンザイして寝ている我が子は本当に愛らしいです!細かい事を気にしてちゃいけません、諦めずに頑張りましょう。
 私は今年38歳で娘を授かりました。娘に兄弟(姉妹)が欲しいと思っているので40歳を目の前にしてまだ頑張ろうと思っています。チーム浅田:勝川の皆様、その時はまたよろしくお願いいたします。
 本当に。本当に娘は愛らしいです。私にこの子を授けてくださった皆様に心から感謝致しております。ありがとうございました。そして、またよろしくお願いします。
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2011年8月に出産された患者さまから5

掲載日:2012年4月 6日
2011年8月に元気な男の子を出産しました。
 35歳で1人目を自然妊娠で出産、37歳で2人目を自然妊娠したものの9ヶ月で死産して、それ以来妊娠できなくて、他院に2年通院しましたが結果がでず、42歳で浅田先生の説明会に参加しました。今まで不妊治療に大反対で何度も大喧嘩をした主人も浅田先生の説明会に出席し、理解してくれました。
 6月に説明を受け、半年で妊娠することができました。出産時は43歳という年齢で、前回の死産を含め不安でいっぱいでしたし、切迫早産、切迫流産で入院もしました。でも、2回の妊娠のときは妊娠中毒症になり、年齢も上がったので今回もと覚悟していたらなりませんでした。
 本当に妊娠は毎回違うと実感し、無事に出産出来ると言うことはすごいことだと思いました。今回の妊娠を通して家族の絆も強くなり、浅田先生に出会えて本当に良かったと思います。
 8歳になった娘も弟ができたことをとても喜んで可愛がってくれます。私たち夫婦も体力的には大変ですが、気持ちにはゆとりができ、一からの子育てを楽しんでいます。できればもう1人授かりたいです。
 この場をお借りして、浅田先生をはじめ、先生方、スタッフの皆様ありがとうございました。そして、またよろしくお願いします。
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2011年9月に出産された患者さまから

掲載日:2012年3月30日
46歳で我が子を授かることができました。
 睡眠不足で身体が辛かったり、慣れない育児に不安になったり、慌ただしい毎日ですが、我が子のオッパイを一生懸命吸う顔や胸元でスヤスヤと眠る顔、何を見ても癒される幸せな時間をいただきました。
 43歳で結婚して、安易に子供が欲しいと願い、縁あって浅田レディースクリニックを紹介していただき、すぐに不妊治療をスタートさせました。
 最初は、自分の身体のことをわかっていながらも、妊娠は出来るだろうと甘い考えでいただけに、浅田先生から卵の話、私の年齢や長く子宮内膜症を患ってきたゆえの子宮環境の悪さなどから早く体外受精をした方がいいと、現実をつきつけられ、泣きべそをかいたのを覚えています。
 でも、その現実を受け入れ、真正面から不妊治療に向き合えたこと、また、もし授からなかった時には主人と二人の生活を楽しもうという選択肢も頭に描けていたことで、自分を追い込むことなく、頑張ってこれたのだと思っています。自然妊娠ではないことに最初は主人も抵抗感がありましたが、私自身の身体の状態、年齢、そして、赤ちゃんが欲しいという夢を考え、その夢を叶えるために体外受精という手段を選ぶことに納得してくれました。
 こうして我が子を授かり、胸に抱く主人も幸せいっぱいの顔をしています。笑われるかもしれませんが、今回の妊娠の体外受精で胚盤胞を子宮に移植する時に、エコーの映像の中で、胚盤胞がキラッと光ったんです。その時からこの子は、僕は大丈夫!とサインを出してくれていたように思えます。いろんな不安を抱えながらも、いつもその光を信じてきました。
 不妊治療を経て赤ちゃんを授かったことは、人生の中で大きな経験になりました。そして、これから育児を通して私たちもどう成長していけるかも楽しみです。
 一方で、46歳で出産できたことで、高齢でも出産ができると希望を持たれる方も多いと思いますが、実際に妊娠、出産してみて、やはりハイリスクだと実感致しました。切迫流早産で出産まで4か月の入院、そして妊娠高血圧症候群となり、危険な状態になるギリギリのところで帝王切開となりました。
 34週と3日目でした。ここに至るまでも辛い経験もしています。浅田先生がおっしゃられるとおり、卵の数、質、また、母体が健全であることから考えれば、妊娠・出産は早いにこしたことはないです。浅田レディースクリニックに出会われた方々にはチャンスがあります。ぜひ、夢を抱くたくさんの方に赤ちゃんと出会える喜びを感じていただきたいと思います。
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2011年10月に出産された患者さまから1

掲載日:2012年3月30日
2011年10月に女の子を帝王切開で出産しました。
 浅田さんで採卵1回、移植2回で授けていただいた女の子です。採卵1回ですが、排卵誘発は2回。排卵誘発剤をずっとし、採卵の手術の前で排卵してしまい涙をのんだこともありました。主人も精子回収オペを受け夫婦ともに痛みを分け合い産まれてきました。
 昨年11月に初めて移植した時は評価もいい卵ちゃんだったのに流れてしまい涙しました。見えないトンネルに入ったようでお正月も暗くなりました。気を取り直して1月に移植をしたところ無事に着床してくれたので今こうして赤ちゃんを抱っこする幸せをかみしめております。
 当初から勝川クリニックに通い、途中で名古屋のクリニックができた影響でとてもバタバタした印象はありました。院長先生も説明会でお会いしたきり一度も診察ではお目にかかることもなく卒業してしまいましたが、看護師さんをはじめ、佐野先生や胚培養士さんなどの素晴らしいスタッフさんのおかげでストレスなく安心して通うことができたと思います。
 私は福祉施設に勤務する生活支援員で不規則勤務を縫うようにスケジュールを組み名古屋高速を使い片道55キロの道を毎回通うことが何よりも大変でしたが、職場にもカミングアウトし、勤務シフトなども応援してもらえることができ精神的にも楽になりました。
 妊娠中も不正出血などで仕事も控えることもあったり、40週超えてもなかなか産まれてこず世の中に許されている陣痛促進剤の3種類すべて試し、子宮口がひらかず最後には緊急帝王切開となってしまいましたが、産声を聞いた時はうれしくて号泣しました。
 迷っている方がいたらぜひ不規則勤務でも通院して授かった人がいることを知ってほしいと思います。仕事はできるなら続けたほうが治療はできる。しかし、辞めようかと思う前にカミングアウトして治療に専念してみてくださいと言いたいです。。。
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2011年10月に出産された患者さまから

掲載日:2012年3月23日
 このたび結婚6年目で、我が子を抱くことができました。子供を望んで3年半で妊娠できました。
 最初は年齢が若いこともあり(結婚は24歳)、自分で基礎体温と排卵検査薬でタイミングをとっていました。
 しかし、2年間一度も妊娠することはありませんでした。そこで近所の産婦人科に行き、一通り検査をしましたが特に問題はないと言われ、排卵のタイミングのみ指導してもらいました。それでも妊娠することはなく、もしかしたら高度な不妊治療が必要かもしれないと思い、浅田レディースクリニックにお世話になることにしました。
 検査をすると、私は多嚢胞性卵巣、主人は精子の運動率が少し悪いとゆうことで、タイミング3回ほど、人工授精5回ほどチャレンジしました。でも、いずれもいい結果がえられず、体外授精に進むことにしました。
 体外受精の結果、不妊の原因は受精障害だったことがわかりました。幸い顕微授精で授精卵ができ、1回の移植での妊娠・出産になりました。
 浅田レディースクリニックにお世話になって1年での妊娠でした。私は、とても運が良かったと思います。妊娠できないときは、友人の妊娠報告に喜べず、自分が嫌いになる時もありました。でも同じ悩みを持つ友人と話したり、主人に話を聞いてもらい乗り越えました。
 特に主人は治療にも協力的で、体外授精に進む時も主人の方が積極的でした。治療は女性の方が精神的・肉体的にも負担は大きいですが、主人のサポートで、二人で頑張っていると感じました。
 浅田レディースクリニックさんの技術はすごいと思います!!
 私たち夫婦は体外受精をしなければ不妊の原因を知ることもできませんでした。体外授精は、金銭的にも楽ではありませんでしたが、チャレンジしてよかったと思っています。
 むしろ、もっと早くチャレンジすればよかったとも思います。治療の進め方には、個人差があると思いますが、もしステップアップを迷っていたら、一度チャレンジしてみてもいいと思います。夫婦で頑張ってください。
 最後に、浅田レディースクリニックで子宝を望むすべての方が、かわいい赤ちゃんにめぐまれますように。
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2011年10月に出産された患者さまから

掲載日:2012年3月23日
 我が家は2人の子供をICSIで授けていただきました。
 1人目は7回のAIHの後、1回目の採卵・移植で妊娠することができました。なので、2人目も治療を受ければすぐに妊娠できるだろうという甘い考えで治療を開始しました。...が、その考えは相当甘くて無事に卒業できるまで、途中数ヶ月の治療の中断と流産を含めて約4年かかりました。
 今治療を開始しようか迷っている方に言いたいことは、『先生方は必ず授けてくださいます!すぐにでも開始してください!』ということです。
 私自身、2人目の時になかなか結果が出なかったのは、年齢が上がってしまったせいかなと思っていたので...(あくまでも素人考えですが...) 迷っている間にも歳をとっていきます!1人目の後2人目もほしいということになるとさらに歳をとります!
 私のように苦労しないように早く行動をおこすことを強くおすすめします!
 治療を開始すると様々なストレスを抱えることになりますが、頑張って無事に赤ちゃんが生まれてくれば、『あの頃は大変だったわ~』と懐かしがれます(^_^;)
 後悔しないように、先生方と自分を信じて頑張ってください!!
 浅田LC卒業生が陰ながら応援してます!
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2011年7月に出産された患者さまから3

掲載日:2012年3月16日
 まずはじめに、浅田先生、羽柴先生、浅田レディースクリニックのスタッフの皆さま、本当にお世話になりありがとうございました。
 可愛い我が子を授かることができ三人で幸せに暮らしております。これからも不妊治療の患者さんに、沢山幸せを届けてください。
 私は超高齢(46歳)で出産しましたが、妊娠中は妊娠糖尿病になり栄養指導を受け大事には至りませんでしたが、高齢出産は本当に身体に負担がかかることがよくわかりました。
 妊娠が不妊治療の最大の副作用と言われた浅田先生のお言葉通りでした。出産後もなかなか体力が戻らず大変でした。ですので、不妊治療は一日でも若いうちからはじめられたほうがいいと思います。
 でも妊娠中は、とても素敵で充実した時間ですよ。
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2011年8月に出産された患者さまから2

掲載日:2012年3月16日
 人工授精5回、採卵2回、移植5回で妊娠することができました。
 治療を始める前は、不妊治療に不安と抵抗があり治療に悩みがありましたが、説明会で不安もなくなり頑張ろうという気持ちになりました。
 治療前は毎月、生理がくるたび泣いて精神的に不安定でしたが、治療を始めて病院の雰囲気、スタッフの対応のよさで嫌な気持ちもしずに前向きに治療することができました。
 現在治療をされている方、不妊治療は出口の見えないトンネルといいますが、チーム浅田を信じて治療をすれば必ず浅田レディースクリニックで治療をしてよかったと思える日がくると思いますので頑張ってください。
 私もまた二人目で頑張りたいとおもいます。
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2011年8月に出産された患者さまから5

掲載日:2012年3月 9日
浅田先生、羽柴先生、諸先生方、スタッフの皆様大変お世話になりました。
 結婚して14年、流産経験4回の私が、38才8ヶ月で23年8月31日に無事男の子を出産しました。
 結婚して半年で妊娠したのですが、12週で流産。すぐにまたできると思ってたのですが、一向にできず、周りの友達がどんどん妊娠してあせりも出てました。30歳頃に主人の仕事で海外に行く事になり、環境も変わるから・・・と安易な考えでしたが、年月だけが過ぎていく状態でした。丁度友人から「中島の先生が、勝川に病院を開いてるよ」と教えてもらい2005年10月にクリニックを訪れました。
 2年で結果をという先生の言葉を信じて、当時は海外⇔日本という生活で頑張ってました。私の場合、通常の刺激では卵があまり取れないという事で、殆どクロミッド採卵をしてました。なかなか成果がでず2年経った頃、初めて陽性反応が薄くですがつき、本当に2年でと思ってたのもつかの間、袋嚢が見えずそのまま流産という結果でした。
 その後も年に2~3回くらいで挑戦してましたが、一向にできず年齢が気になりましたが一度半年程休憩をしました。気持ちを新たにクロミッド採卵を2回、3個ずつ取れた卵を凍結して次の周期に移植する事にしました。移植当日6個の受精卵が生存し、そのうち2個を移植。そして妊娠反応。残りも2個胚盤胞迄育ちました。
 今回は袋嚢も見え、順調かな?と思っていたら9週で流産。すごくショックで立ち直るのに時間がかかりました。でもまだ2個あるのでと思い、また移植をしました。で、次も妊娠。しかし7週で流産。本当に疲れました。
 もう最後の卵であきらめようと思い、最後の望みをかけて移植したその卵が現在2ヶ月の息子です。こんなに長い治療生活を送って来た私にも子供が授かったので、皆さんも先生の言葉を信じてあきらめず頑張って治療して下さい。本当にありがとうございました。
レター

2011年8月に出産された患者さまから4

掲載日:2012年3月 9日
最初は治療をすることに、ためらいや困惑がありましたが、子供が生まれてそれまでのつらい思いはなくなりました。
 子供はとても元気で、浅田レディースクリニックに出会えたおかげで子供との生活をはじめられ、大変感謝しております今、思うのはもっと早く当院で治療を始めていればよかったということです。
 治療中はつらい気持ちとの格闘がありますが、信じて治療していくことが大切かと思います先生方、培養室の方、また携わって下さった皆様にありがとうございました。
 また、多くの方に幸せを運んでさし上げてください。 本当にありがとうございました。 
レター

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