患者さまからのお手紙

掲載お手紙数934通  毎週金曜日更新

2011年3月に出産された患者様から2

掲載日:2011年8月19日
 浅田先生をはじめスタッフの皆様のお力添えのおかげで二回目の体外受精で子供を授かることができました。本当にありがとうございました。
 これから治療を始められる方、また、現在治療中の方、不妊症は、そうでない方からはなかなか理解してもらえず、出口のないトンネルのような不安で心細い気持ちだと思います。
 難しいかもしれませんが、なるべく明るく前向きに治療に臨んでください。先生方も協力してくださいます。
 これを読まれている旦那さん、奥さんの悩みを聞いてあげてください。
 話を聞いてあげるだけでも奥さんの気持ちが軽くなりますよ。夫婦で協力して乗り越えていってください。
 浅田レディースクリニックに通院されている方はみんな同じ目標を持った同志だと思います。どうか一人でも多くの方が幸せになれますように。
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2011年3月に出産された患者様から2

掲載日:2011年8月12日
 浅田LCの皆様、大変お世話になりました。
 3月に帝王切開でしたが無事女の子を出産できました。結婚後8年も経ち、ほとんどあきらめていた妊娠でしたが、治療2年4度目の顕微授精で子供を授かる事ができました。
 3度目の移殖で陽性反応がでたものの化学流産でとても辛く、もうだめかと思っていましたが、あと1つの受精卵があったので、最後にしようと移殖して頂くことにしました。
 最後だから出来る限りの事をしようと、岩盤浴へ行ったり、運動をしたりしましたし、引っ越しのため仕事もやめてリフレッシュしました。
 その効果があったかどうかは分かりませんが、無事妊娠、出産できました。
 治療は辛い時もありますが、諦めたらそこで終わりだと思います。あまり頑張り過ぎず、たまにはリフレッシュし、身体を温めると良いかと思います。
 先生方、看護婦の方々、いつも温かいお言葉を掛けて頂き本当にありがとうございました。
レター

2011年2月に出産された患者様から5

掲載日:2011年8月12日
 結婚後なかなか子供ができず、クリニックを受診したところPCOSのため不妊症とわかり、治療をはじめました。
 治療は、肉体的にも精神的にも金銭面でも苦痛と困難がありましたが浅田先生が言われた「妊娠・出産に比べたらなんでもない(たしかこんなニュアンスのことを言われました)」を、信じてすごしました。
 おかげさまで34歳のとき人工授精で第1子を、37歳に体外受精で第二子を授かることができました。たしかに、悪阻は辛く出産については×××。
 しかし、不妊治療のおかげと言っては変ですが私には幸せな苦痛でした。それもこれも、妊娠できたからだと思えたからです。
 現在、上の子供の赤ちゃん返りと下の子供の授乳などのお世話でまともに寝れない日々ですが幸せにすごしています。
 浅田レディースクリニックの先生・スタッフの皆さん本当に本当にありがとうございました。
 そして、治療中の皆さんの幸せをお祈りしてます。
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2011年2月に出産された患者様から4

掲載日:2011年8月 5日
結婚してすぐ妊娠しましたが、心音を聞く前に切迫流産。そして、流産しました。
 一度妊娠したんだからと2年が過ぎ、3年、4年が過ぎました。不妊治療は、もっとひどい人がやることと自分は大丈夫だからきっと自然に妊娠すると簡単に思っていました。
 仕事のせいで妊娠できないと思い仕事をやめ、1年過ぎても妊娠せず主人と話をし、不妊治療をしようと決めました。
 私は、どうやら 卵ができにくいみたいで タイミング法から人工授精をとばして体外受精をおこないました。
 卵がとれたのは、5つ。そして受精卵へとなったのは2つでした。
 私は、その受精卵となったうちの1つを体へかえしてもらい、無事妊娠することができました。
 女性のからだの中にできる卵子は、年をとるごとに砂時計のように減っていくということを説明会で初めて知りました。もっと早く知ることができれば、もっと早い治療ができたと思っています。  不妊治療は、自分には関係ないことだと思っていました。
 まわりから何度も「きっとできるって」と言われ、そんな簡単なものじゃないと思いながら、言われるたびに ずきずききてました。
 大変だとは思いますが、頑張ってください!!
レター

2011年2月に出産された患者様から2

掲載日:2011年8月 5日
 結婚10年目で、やっと子供が産まれました。男の子です。
 一度、体外受精で双子ができましたが、16周で死産となりました。とても辛い日々が続き中々再チャレンジができませんでした。兄弟がほしいところですが、時間的に難しい状態です。
 説明会に行き、結婚して2年過ぎても子供ができないときは、不妊治療を行うべきと聞いたときは、ショックでした。
 近くの総合病院で不妊治療を行いましたが全く意味がなく、問題ないのでそのうち出来るといわれました。
 不妊治療の専門医院で始めた途端、原因も分かり、即治療となりました。今思うと、もっと早くから不妊治療専門の病院に行くべきだったと思います。
レター

2011年3月に出産された患者様から1

掲載日:2011年7月29日
 結婚後、なかなか子どもができず、別の病院に通院していましたが、本当に悲しく苦しい日々を送っていました。
 浅田レディースクリニックに通うようになっても、なかなか結果が出ず、辛い思いをしてきました。しかし、先生方が本当に一生けん命親身になって治療にあたってくださり、一緒に悲しんだり喜んだりしてくださったので、いつもがんばろうと思うことができました。
 体外受精も3回目でやっと妊娠することができました。
 まわりから、「子どもはまだ?」などと言われ、苦しい思いもしましたが、あきらめずに通院して本当によかったと思います。
 浅田レディースクリニックを信じてください。苦しいのは、がんばっているのは自分だけではないので、絶対にあきらめないでください!!必ず結果がでると思います。
 治療を始めるのは、一日でも早いほうがいいと思います。迷うよりチャレンジです!!
レター

2011年2月に出産された患者様から3

掲載日:2011年7月29日
 38歳で治療を始め(家を建てる事になり半年休んだ)、41歳で妊娠出産しました。
 回りは自分より若い人ばかりで、年齢的にも無理ではないかと思っていましたが、このクリニックに通って良かった。
 皆さんに感謝しています。妊娠中も出産もそして今も毎日大変ですが、我が子の寝顔を見ていると、あきらめなくて良かったと心から思えます。
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2011年1月に出産された患者様から3

掲載日:2011年7月22日
 浅田LCに通い一年半、体外受精にて妊娠する事ができ、2011年1月に女児を出産しました。
 私達夫婦は、結婚してすぐ子供を望んでいましたが、なかなか授かりませんでした。
 勇気をだして行った病院で、自然妊娠は難しいと診断され、本格的に不妊治療について考え始めました。それから、浅田LCの説明会に参加して話を聞き、この病院で頑張ろうという気持ちになりました。浅田LCへは、高速を使って片道一時間、仕事とのスケジュールを調整して通い続けました。
 体外受精にステップアップする時は勇気がいりましたが、夫と話し合い、後で後悔しないよう今出来る事は頑張っておこうと、ステップアップする事を決めました。そして運よく3回目の胚移植で妊娠し、出産までたどり着きました。
 初めて我が子を抱いた時は、やわらかい温もりに涙があふれました。
 今、隣には愛しい我が子の寝顔があります。色々つらい事もありましたが、この子に会うための日々だったんだと思います。浅田LCに通う事が出来て本当に良かったと思っています。
 身体的な事は勿論、精神的な面でも私達患者への配慮がされている素晴らしいクリニックだと思います。通院中の皆様、諦めず、先生方を信じて頑張って下さい。
 皆様に一日でも早く、赤ちゃんが授かりますように。
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2011年2月に出産された患者様から2

掲載日:2011年7月22日
 39歳で一人目を出産し、40歳を過ぎてからやっぱり二人目が欲しいと思い、難しいこととは思いながら、迷うのならばやるだけのことはやってみよう、とこちらでお世話になりました。
 運よく2回目の体外受精にして妊娠に至り、切迫早産にはなりましたが元気な我が子を抱くことが出来ました。
 諦めなくてよかった、先生方を信じて治療をして良かったと心から感謝しています。どうもありがとうございました。
レター

2011年5月に出産された患者様から1

掲載日:2011年7月15日
 クリニックの皆様、お久しぶりです。
 そしてこのファイルをご覧の皆様、はじめまして。
 この度、不妊治療(途中休憩しながら)4年の末、待望の赤ちゃん(女児)をこの手に抱くことが出来た者(33歳)です。
 誕生から今日で45日。我が子を抱いても、おっぱいをあげても、私を見つめる瞳に自分が写っているのを見ても、未だに信じられず、言葉では表せない幸せな気持ちです。また、私の出産時の主治医が辞められてしまいましたが、佐野先生と過去同僚で、今も親交があると知り、偶然とは言え、不思議な縁を感じます。
 私たち夫婦は、私が多嚢胞性卵巣、生理不順。夫が骨髄損傷の為、治療選択は、1つICSIのみでした。
 これまでは、地元(東海地区)と東京の医大とクリニックで手術しましたが、不動精子しか採取できず、医師から「妊娠は不可能。やるなら第三者からの精子提供を受けること」と言われました。
 医学的に不可能と言われた絶望感とそれでもあきらめきれない気持ちに葛藤しながら何も手がなく、悶々とした日々を過ごしていました。
 そこに転機が来たのは、脊髄損傷仲間が、浅田先生のもとで双子ちゃんを出産し、薦めてくれた事でした。
 最後の挑戦、駆け込み寺のような気持ちで受診を決めました。そこで他院から来ていただける、泌尿器科の日比先生に精子を見つけて出していただき、私もこのクリニックのゆったりとした雰囲気と優しいドクターとナースの皆様に支えられ通院して約2年。採卵2回、凍結胚による移植7、8回目にして出産に至りました。
 2回目の移植で陽性、心拍確認後に停止、流産となり、除去手術を受けた際は天国から地獄に突き落とされた気持ちで、そこから陰性判定の連続。何がいけないのか、陽性は何かの間違いだったのか、自暴自棄になりかけたこともありました。
 気分転換に治療を中断して半年間、漢方をやってみたり・・・・結果、何が功を奏したのか分かりませんが、現に赤ちゃんが私たちのともにやって来てくれました。
 「努力」だけでは、どうにもならないのが不妊治療。妊娠出来たら良い病院で出来なければ悪い病院と言ってしまいたくなるような自分の力だけで結果を出せない難しい世界ですよね。
 治療中の皆様に「頑張って!」なんて言えません。でも、不妊治療をやめたら妊娠したという話も聞きはしますが、高度治療しか方法がない私達のような夫婦は諦めたらそこでおしまい、終わりです。
 浅田先生をはじめ、ここの先生、スタッフの方々は淡々と、時には感情を受け止めてくれ、心から信頼できる診療をしてくれます。最高の医療技術を提供してくれる先生方を信じて、そして何より自分たち夫婦の未来を信じ続けて下さい。
 同じ不妊治療専門医が「不可能」と言ったことを「可能」にしてくれたのは、先生方でもあり、恥かしながら自分達でもあると思っています。
 最後に私達の人生を変えて下さった先生、スタッフの皆様に心から感謝いたします。また、凍結受精卵ちゃんを迎えに来ますので、今後とも宜しくお願いいたします。
 たくさんのママ、パパが誕生しますよう心から願っています。
レター

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