患者さまからのお手紙

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2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月26日
浅田先生、スタッフの皆様 御礼とご報告が遅くなり申し訳ございません。昨年11月に帝王切開で無事可愛い男の子を出産致しました。現在3ヶ月を過ぎ、息子はにっこり笑ったり大きな声で泣いたりと忙しくも楽しい毎日を過ごしております。

現在治療中、治療を迷われている方へ
 私たち夫婦は、夫の精子運動率が0.1%と大変悪く、1軒目の不妊専門医院では「顕微授精でも妊娠できれば奇跡です」と告げられ、子供の居ない人生も覚悟しておりました。それでも、出来ることは全部やってから諦めようと思い、浅田LCの受診前説明会に参加したのが3年半前です。説明会後に先生と個別にお話した際に、「精子無力症でも妊娠できる可能性がありますよ」と浅田先生が断言されたことを今でもはっきり覚えています。
 顕微授精に向けた検査・自己注射・採卵・移植まではトントン拍子に進みましたが、3度の流産を経験しました。妊娠を喜んだ後なのでショックも大きく、精神的に追い詰められ大変辛い経験でしたが、まだ病院で待っている卵を迎えに行かないと という思いで移植に臨み、4度目の妊娠。転院後も、切迫早産で入院・手術と産まれてくるまでドキドキの毎日で、産まれて来た時は「やっと会えたね」と感動と感謝で涙が出ました。
 私は通院中、クリニックで嫌な思いをしたことは一度もありません。採血や注射が痛いのは治療のためと思えば我慢できますし、とにかく妊娠に向けて一歩でも前進しているんだ。という想いで通っていました。採卵や処置で診察時間外の朝早い時間や昼休憩の時間などに診ていただくこともあり、先生やスタッフの方はいつ休んでるんだろう。とこちらが心配しておりました。また、卒業前のエコー診察で、診てくださった先生が画面で小さな手足をバタバタしている胎児を見て、「可愛いね 可愛いね 頑張って産まれておいで」と言って下さり、本当にこちらの先生方は患者の妊娠・子供の誕生を祈って治療してくださってるんだと改めて感じました。
 「妊娠できれば奇跡」と言われた時に諦めず、そして運良く浅田LCに辿り着いたことで本当の「奇跡」が起きたと思っております。これからの子育てで、今はこんなに愛しい息子に悩んだり怒ったりする時がきっとあると思いますが、今の気持ちを大事に子育てに励みたいと思います。
 治療中は時間的、金銭的、そして精神的に追い詰められて、焦って、泣いて、、と多分皆さん経験されていると思います。それでも赤ちゃんが欲しいとやっぱり思うなら、とにかく一歩でも半歩でも前進していると思って、時には気分転換もしながら取組むしかないと思います。私も2人目を授かりにまた通院するつもりです。
 こちらに通われている皆さんに可愛い赤ちゃんが授かりますように。。。
レター

2012年12月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月26日
昨年末に、無事に女児を出産しました。今は、2ヶ月経過し、時折笑う我が子に毎日癒されています。
 私は、結婚3年より不妊治療を開始しました。初診は、他院でした。当時33歳にして生理3日目のFSHが高値(22.85mIU/ml)のため、「閉経が近いですね」と言われた時は、非常にショックを受けました。
 AMHも6.4以下で、卵が少ない状況でした。その後、タイミングを4回ほどしましたが、成果はでず、AIHを2回とIVFを4回したものの結果は出なかった。まず、採卵しても変性卵ばかりで授精に至らないことが多かった。
 治療を開始して1年後、当院に転院し、治療を再開した。はじめの説明会にて浅田院長の言葉から「このクリニックなら結果を出してくれるはずだ」と確信しました。毎回の受診料は高額でしたが、私には時間がなく、結果を出そうとしてくれる院長や羽柴先生を信じることにした。採卵方法もその都度いろんな方法をしてくださり、良い卵が取れると一緒になって喜んでくれて、たくさん励ましていただいた。
 その後、ALCで1年8ヶ月の治療を経て、初めて陽性判定をいただきました。その時私は、36歳で、受精卵はひとつも残っていない最後の胚だった。何度も何度も採卵し、移植し、胚盤胞まで育たず、何個も破棄され続け、半ば諦めかかっていましたが、今、この手にかわいい我が子がいるとは、信じられないほどの幸せな気持ちです。
 治療がうまくいかず、悩み苦しみ、何度も涙しましたが、あきらめなくて良かったと心から思います。先生方やクリニックのスタッフは、毎日忙しいにもかかわらず、丁寧な対応をしてくださり、何より「結果をだす」ことに専念していただけるので、すばらしいクリニックだと思います。あとは、患者がどれだけリラックスして治療を受けられるかだと思います。
 私の場合、治療中に一度3ヶ月ほど休止し、今まで治療で頭がいっぱいだった日々から遠ざかり、リフレッシュしたのが良かったと思います。また、その間、他院で鍼灸治療をして、リラックスしました。治療再開後は、採卵成績も今までにないくらい良く、結果的に陽性に結びついたのです。体を温め、そして心も温め、リラックスして治療すると良いと思います。
レター

2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月19日
浅田LCで大変お世話になり本当に感謝しています、ありがとうございました。
 長男は他院でタイミング法+黄体機能不全治療(注射と薬)ですぐ授かったのでまさか自分が体外受精することになるとは夢にも思っていませんでした。なかなか2人目が授からず2回ケミカルアボーションを経験し人工授精した病院の待合室でたまたま浅田先生の著書「赤ちゃんは、待ってくれない!」を読み、この先生しかいないと思いました。
 体外受精にあまり乗り気でなかった主人を説得して36歳で通い始めましたが、AMHが更年期レベルという結果に呆然としました。幸いクロミフェンで数は少ないものの良い卵が採れ7ヶ月、2回目の移植で妊娠し卒業したのですが、残念ながら5ヶ月の検診で亡くなっていることがわかりました。4ヶ月の検診では元気に動いている赤ちゃんが見えたので本当に信じられず、亡くなった赤ちゃんを分娩しお別れするという人生で一番辛い経験をしました。長男の前にも一度初期流産しており、どうして私だけ何度もこんなに悲しい思いをするのだろう、といっぱい泣きましたが、長男は流産後にすぐ授かり無事に成長しているので次は絶対に大丈夫と自分に言い聞かせて治療を再開しました。
 今回は最後まで本当に不安でしたが38歳で元気な赤ちゃんを出産し3ヶ月になります。今でも信じられない気持ちです。月がキレイな9月に流産してからいつも月を見上げて「おーい、早く赤ちゃん帰ってきて!!」と言っていた長男も「やっとうちに赤ちゃん来たねえ」とすごく可愛がっています。浅田LCに出会えて本当に良かったです。一生忘れません、どうもありがとうございました。
 治療中の皆さん、不妊治療は先も見えず精神的に本当に辛いですが、浅田LCを信じてぜひ頑張って下さい。私の妹も他県で不妊治療中です。皆様に可愛い赤ちゃんが授かりますよう心から心からお祈りしています。
レター

2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月19日
2012年11月。31歳で元気な女の子を無事出産致しました。
 23歳で結婚。その後、なかなか子供を授からず、27歳で浅田LCに通い始めました。仕事を続けながらの通院でしたので、なかなか思い通りに通えず、人工授精からステップアップする事ができませんでした。すこし、治療をお休みし、仕事を辞め、体外授精にステップアップしてからは、一回目の胚移植で妊娠しましたが、流産してしまいました。続けて、2回目の胚移植で出産までたどり着く事ができました。
 治療中は、色々悩み、大変なこともありましたが、今、自分の腕のなかで、可愛い我が子の寝顔を見るたびに、本当に治療を続けてきてよかったと思います。
 今、治療をされているみなさま。治療中の気持ちは、治療している本人にしかわからないと思います。頑張っている、みなさまに赤ちゃんが授かる事を、心より願っております。
 浅田レディースクリニックの先生方、看護師のみなさまや、受付の方、どなたも本当感じが良く、綺麗な病院で、ストレスなく通う事ができました。本当に感謝しております。毎日、お忙しい事と思いますが、お体に気を付けて、これからも『幸せ配達便』として、たくさんの幸せを届け続けてください。本当に、ありがとうございました。二人目も、考えていますので、その時はまたよろしくお願いいたします。
レター

2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月12日
浅田レディースクリニックの皆様、お礼のご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。その節は大変お世話になり、ありがとうございました。
 昨年の11月に無事男の子を出産致しました。毎日バタバタと忙しい日々を送っていますが、生まれてきてくれたことに感謝をし、育児をしています。私はすぐに授かれた訳ではなく、途中お休みをしながら、トータル2年で浅田レディースクリニックを卒業しました。浅田先生が説明会の時におっしゃっていた通りでした。原因不明不妊で、採卵2回、移植8回目での初めての陽性でした。
 毎回胚盤胞でグレードのいい卵を戻してもなかなか結果が出ませんでした。よく、先生がおっしゃる様に『卵の質』がとても重要なんだと思い知らされました。それと同時に毎回胚盤胞になることで浅田レディースクリニックの技術の高さにも感心を致しました。
 7回連続で陰性だった時、初めて相談室で泣いてしまった私に当時お話をして下さった先生が、『少し休むこともいいことだと思うよ。体も心も疲れてしまっていないかな。』と言葉をかけて頂きました。それまでずっと治療に専念してきた私は正直結果が出ないことで焦りと不安に押しつぶされそうでした。
 心の休息も兼ねて、約1年お休みをしました。この時間は決して無駄ではなかったと思います。心も体も十分休めたところ今回授かることができたように思います。
 私はこの浅田レディースクリニックに通院をして体は辛くても通うことに嫌な気持ちになったことはありませんでした。いつも笑顔で丁寧に接して下さった浅田レディースクリニックの皆様と同じ思いを持った沢山の患者さんがいたことで、何度も挫折をしそうだった私が希望を持つことができたからです。
 なかなか結果が出ずに今思い悩んでいらっしゃる方、私のように何度もチャレンジして授かった者もいます。よく待合室で卒業生の方のファイルを読んでいた時、比較的1,2回で授かった記事が多くあったような気がしました。それを読んで焦ってしまった自分がいました。私のようなケースもあります。どうか希望をもって下さい。
 最後になりましたが、浅田レディースクリニックの皆様、本当に本当にありがとうございました。まだ2人目は諦めておりませんので、又お世話になるかとは思いますがどうぞよろしくお願いします。お体にはくれぐれも気を付けて、沢山の方に幸せを運んで下さい。心から願っています。
レター

2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月12日
わたしは3度の流産の後に、2人の男児をもうけました。3度の流産は、1年間の間に起こりました。1度目の流産は、よくあることだという周りの言葉を受け入れることができました。2度目の流産は、悲しさで心が荒れました。3度目の流産は、悲しみが深く、心が止まりました。
 その後の妊娠中は怖くて仕方がなく、ハッピーなマタニティーライフとは言えませんでした。しかし、今2人の子どもたちの顔を見ていると、頑張ってよかった、と心から思います。
 双子の育児は想像以上に大変で、寝不足により心が折れそうになることもありますが、3度の流産の経験が自分を奮い立たせているように思います。治療中は、仕事の調整や、周囲の妊娠に対する複雑な気持ちの整理など精神的に辛いことが何度もありました。そんな中、浅田レディースクリニックに行くと、同じように頑張っている人がいて、親身になって話を聞いてくださる先生方がいて励みになりました。
 治療中は本当に辛いと思います。でも、もし治療を続けることが可能であれば頑張ってみてください。私は、途中で諦めなくて本当に良かったと思います。もしも、途中で諦めていても心は辛いままだったのではないかと。
 最後に。先生方、看護師の皆さま。本当にお世話になりました。子どもたちももうすぐ4カ月になります。辛いことも多かった治療の期間でしたが、おそらく自分の人生の中で必要な期間ではなかったかと、(今となっては)思います。本当にありがとうございました。
レター

2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月 5日
まず浅田LCの先生方、スタッフの方々には本当にお世話になり、ありがとうございました。昨年11月30日に無事男の子を出産いたしました。
 私が不妊治療を開始したのは、38歳の時、他院からのスタートでした。最初の検査で両卵管閉塞と診断され、すぐに体外受精を開始。4回チャレンジしましたが、そのうち卵が採れたのは2回だけ、しかも質のよくない卵が.1個ずつ。あとの2回は採卵直前に排卵してしまいました。
 体外受精でしか妊娠できないのに、卵が採れなければそれすらできない...さらにその間に子宮体癌と乳癌の検査が要精密検査となり、幸いそちらは良性でしたが、「こんなに問題ばかり出るなんて、子どもは授からないということだろうか」「夫婦ふたり、元気でいられたら、それでいいんじゃないか」と思うこともありました。でも後悔だけはしたくなかったので、最後に浅田LCを受診してみよう、そして40歳になっても授からなければ、きっぱり諦めると決めて、治療にのぞみました。
 浅田LCで受けたAMHの値は6.4。卵が1~2個しか採れないのはこのためか、と納得しました。でも私が排卵しやすいという体質に考慮して治療してくださったおかげて、4回続けて採卵し、うち全て排卵することなく採卵することができました。やっと貯まった5個の受精卵のうち3個を融解し、2個を移植、最初の移植で無事妊娠することができました。
 卒業できたのは、40歳になる1ヶ月前でした。この子に出会えたことは、私たち夫婦にとって幸せなことであることはもちろんですが、70歳を過ぎて初孫を抱いた母は見たことないような嬉しい顔をし、病気の義母も元気になります。
 赤ちゃんって、こんなにたくさんの人を幸せな気持ちにするんだ、と驚きました。そして、この上ない親孝行をさせてくださったチーム浅田の皆様にとても感謝しています。あの時あきらめなくて、本当に良かった。このような幸せの輪が、今治療をされている一人でも多くの方に広がることを、心から祈っています。
レター

2012年12月に出産された患者さまから

掲載日:2013年7月 5日
浅田先生始め、スタッフの皆様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。私の腕の中にはもうすぐ3ヶ月になる娘がスヤスヤを安らかな寝息をたてています。
 同じ時期に結婚した友人達がどんどん妊娠・出産をしていく中で結婚してすぐにでも子供がほしいと願っていたのに全く授かる気配がなく私たち夫婦だけが取り残されたかのような心持ちでした。周囲からの心無い言葉に何度も傷付き、生理が来る度に泣いていました。
 治療は決して楽なものではありませんでした。何の苦労もせずに授かっている人も多いのに、どうして私がこんな苦労をしなければならないのかと。流産や妊娠判定の陰性結果が続いた時には途方にくれて人生の終わりのような気持ちになりました。
 不妊治療は経験した人でないとその辛さが分からないと思います。でも、この辛さがあったからこそ、やっと授かった娘をより一層愛おしく思いますし命の大切さや尊さを改めて実感することができたと思います。同時に努力してもどうにもならない時の辛さや苦しさを知ることができ精神的にも少し成長できたと思います。
 治療の進み具合や効果、患者さんの体力・精神力は様々なので安易には「いつか必ず赤ちゃん授かるから頑張って!」とは言えません。でも、後で後悔だけはしないように、今できる事に精一杯取り組んでほしいと思います。
 赤ちゃんを願う全ての方々に可愛い天使が訪れますことを心からお祈りしています。
レター

2012年12月に出産された患者さまから

掲載日:2013年6月28日
浅田クリニックの皆様、通院の節はお世話になりました。ようやく我が子を授かることができ、育児でてんてこ舞いで感謝の御挨拶遅くなりました。
 育児で大変なことがありつつも幸せな悩み、と日々を過ごしています。思えばここまで長い道のりでした。27歳で結婚し、私が四人兄弟ということもあり、母のように私もすぐに妊娠すると安易に考えていました。夫婦2人の生活も楽しく、仕事もやりがいがあり、子供はあとでいいや、なんて安易に感えていましたが、2年過ぎた頃に少し不安になり、近くの産婦人科で見てもらうことにしました。昔から評判の良いところで、運動精子が若干少ない以外特に検査で悪いところもなく、タイミング法から人工授精へと順々にステップアップしていきました。しかし、年齢も適齢なのに7回の人工授精でも授からなく、生理が来たときの度重なる落胆で徐々に精神的に追い込まれて行き、医院が閉鎖するのを機会にしばらく治療は休むことにしました。
 その間、貴院を含め説明会に行ったりしましたが、当時貴院は名古屋院開設前で患者さんが込み合っている状況で予約が取れず、仕事と両立させようと考える私には門前払いの状況で、高額の治療費のことを思うと、正直敷居が高くて無理な状況でした。それでも体外受精は最後の砦のような気がして、簡易体外受精の病院を探し出し、仕事の都合をつけながら何とか通いました。ただ「簡易」といっても排卵誘発剤を使わないだけで体外受精には変わりなく、毎周期採卵と移植を行うので肉体的にも苦痛を伴いますし、受精卵が育たなかったり、着床しないときや良い卵がない時ばかりで、先生から告知されるたびに目の前が真っ白になるほどのショックを受けました。
 結局7回ほどチャレンジしましたが、待合室で涙することも多々あり、徐々に精神的に追い込まれ、通院しなくなってしまいました。 周囲の人の「子供は作らないの?」との無神経な言葉かけが腹立たしく、小さい子供連れの母親を見るたびに羨ましく思い、我が子を虐待するニュースを見ると、子供を授からない自分との不条理に涙が出ました。
 不妊治療費も全額自己負担で、収入制限のため市町村の助成も利用できず、一体いくらかかってしまうのか、ゴールはあるのか。先がまったく見えない治療にギャンブルのようにお金をつぎ込んでいいのか・・・ そんな思考の自分が醜く思われ、治療のつらさを主人に当たってしまうこともありました。現在通院中の方々も経験されているかも知れませんが、今思い出してもこみ上げる思いがあります。そんなことをしているうちに5年の月日が経ってしまい、35歳を目前にし、最後の砦としてようやく貴院に通院する決意をしました。
 これで授からなかったら治療はあきらめて、夫婦二人の人生か、養子をもらおうと主人と決めました。貴院での診察はは毎回先生が違うこともあり、今までの病院遍歴で疑心的な私は不安いっぱいでした。ただ、治療方針は一貫しており、先生方は質問には丁寧に答えてくださって懐疑心は幾分和らぐことができました。半年の通院で、幸いなことに2回目の胚移植で妊娠の陽性反応を頂くことができました!!
 結果論ですが、初めから貴院で治療を始めていれば、時間とお金の節約になったと思います。高い勉強代でした・・。昨年の12月に無事女児を出産でき、本当に感謝しております。
 現在、娘も3か月目前となりましたが、浅田先生がおっしゃったように出産がゴールではなくスタートだということがようやく身にしみて感じられるようになりました。出産の痛みに丸2日耐えたあと、休みなく昼夜を問わない育児が始まり、治療以上に大変です。若い、体力のあるうちに産んでおけば良かったと感じております。
 長文になりましたが、浅田先生をはじめとする医師の皆様、チーム浅田のスタッフの皆様、本当にありがとうございました。看護師の方、公私とも相談させて頂き感謝しております。 凍結胚がありますので、またお迎えに行く予定です。 今後ともよろしくお願いします。 
レター

2012年11月に出産された患者さまから

掲載日:2013年6月28日
不妊治療を始めて4年、4つ目のクリニックで体外受精を勧められました。
 体外受精をするなら、技術や 設備がしっかりしたところでやりたい!と思い、webや口コミでクリニックを探し、浅田レディースクリニックを知りました。受診前説明会で院長先生の話を聞き「迷っているヒマはない。この先生についていけば、きっと赤ちゃんを授かることができる!」となぜかそんな強い気持ちにさせられました。
 仕事をしながらの通院で大変なこともありましたが、看護師さんや事務の方等、本当に温かく、精神的にも支えられ、苦痛なく通院することができました。治療の面でも自己注射や採卵など大変でしたが、赤ちゃんのため...と思うと頑張ることができました。
 運よく1回目の体外受精で赤ちゃんを授かることができましたが、今思うことは、もっと早く浅田レディースクリニックに出会っていたかった!もっと早く体外受精に挑戦していればよかった!ということです。
 迷っている方がいたら、先生方を信じて、ぜひ早めに挑戦してほしいです。この先生なら大丈夫!きっと赤ちゃんを届けてくれる!と自分自身強い気持ちを持つことも大切だと思いますが、浅田レディースクリニックはそんな気持ちになれるところであることは間違いありません。
 体外受精であっても、愛おしい赤ちゃんであることは変わりません。努力して、頑張って頑張って授かった赤ちゃんであればなおさらです。わが子を抱ける日がくることを信じて、強い気持ちを持って頑張ってほしいです。
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