患者さまからのお手紙

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2012年6月に出産された患者様から

掲載日:2012年12月21日
32歳で2回目の顕微授精で妊娠し、元気な赤ちゃんを出産しました。
 なかなか妊娠しなかったため、近所の不妊治療をしている病院へ不妊検査を受けに行きました。そこで、精子の数が少ないと分かり、日比先生を紹介されました。男性不妊ということにあまり知識がなく、日比先生に「赤ちゃんがほしいなら早くした方が良い」と言われ、浅田レディースクリニックを紹介されました。  紹介されたものの、不妊治療をしてまで子供が欲しいのか、また不妊治療はどんなことをするのかなど不安が多く、当初は浅田LCへ行くことを迷っていました。とりあえず、初回説明会は行ってみようと参加したところ、夫婦ともに浅田先生を信じて治療をしてみようということになりました。
 そして、浅田LCへ通い始めたところ、すごいスピードで治療がすすみ、6か月で妊娠しました。夫婦で迷っていた時間は何だったんだろうといった感じです。毎回、診ていただく先生は違いましたが、どの先生も質問すれば丁寧に答えてくれました。看護婦さんや受付の方もみなさん優しくて、とても通いやすかったです。顕微授精でないと妊娠は難しいと言われていた私たち夫婦にとっては、浅田LCのみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。
 妊娠するまでには、心配なことや不安なことなどたくさんありますが、子供が欲しい方は信頼できる先生のもとで治療するのが一番だと思います。常に疑問や心配なこともでてくるので、先生に質問するのも大事です。不安な気持ちで治療してもうまくいかないと思います。
 浅田LCのみなさん、本当にありがとうございました。
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2012年6月に出産された患者様から

掲載日:2012年12月14日
治療歴10年、39歳の私が、無事に出産までたどりつくことができたのは、浅田先生や病院スタッフの皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。
 今でも長男の顔を見る度、夢の様に感じます。欲を言えばもっと早くに浅田レディースクリニックを知り、通院出来たら良かったと感じます。それまでの私の治療歴は採卵回数14回、移植はそれ以上の回数、戻してきました。
 治療当初は、福島県内の病院でICSIを行い、2度の陽性反応がありましたが、その2度とも繋留流産となってしまいました。その時、不妊の原因の一つとしては受精障害とだけ言われました。当時は受精卵の染色体異常の確率の問題だと理解できないまま、原因探しばかりしていました。
 近隣の県外の病院へも通院しました。しかし、2度の流産以降は受精卵のグレードは毎回悪くないと言われ続けてきたものの、陽性反応さえも見ることが出来ませんでした。その間、何度あきらめようと考えたかしれません。
 通院には遠いと思いましたが、最後の治療と考え、浅田レディースクリニックへ通い、採卵回数5回のうち、3回の陽性反応を見ることが出来ました。私にとってはものすごい妊娠率です。陽性反応を目にすることが久しくなかったので、嘘のようでした。その陽性反応も繋留流産という辛い結果に終わった事もありましたが、私にとっては、その受精卵が、まだあきらめちゃいけないと教えてくれているようでした。
 福島県からは通院するのが遠いと感じ、辛い時もありましたが、結果がともなってきた事が励みになりました。今回の出産につながる5回目の陽性反応後、大量出血などの心配事もありましたが、無事に男の子を抱くことが出来ました。あきらめないで治療して本当に良かったと思います。
 そして、結果を残してくれた先生、スタッフの方々、ありがとうございました。
レター

2012年2月に出産された患者様から

掲載日:2012年12月14日
 ご連絡が大変遅くなり申し訳ありません。私は、2010年11月~2011年8月までの期間お世話になりました。 (採卵2回、顕微授精2回)
 浅田LCにたどり着くまでに、幾つもの産院を回りました。主人と説明会に行き、浅田先生のお話しを聞き、質問をし納得した上で通院を決めました。 顕微授精と決まった時は、緊張はしましたが迷いはなかったです。やるしかないと気持ちを奮い起こしました。
 治療中は、パートではありましたが治療に専念をしたく退職をしました。正直、いつ妊娠できるか分からないし貯金を切り崩して治療費にあてるのにも限界があり不安でした。体力・精神・金銭・時間ともに日々削り取られているかのようでした。でも、やるしかないです。主人と乗り越えようと決めて治療を続けました。
 いま、私の横に5ヶ月になる娘が寝ています。初めての子育てに戸惑う事もありますが、毎日がとても楽しいです。
 浅田LCに通院される皆さん全員に赤ちゃんが授かるようお祈りします。皆さん、頑張ってください!!  また、浅田先生およびスタッフの方々のご活躍を心より応援しております。2人目の赤ちゃんの為にまた治療したいと思います。 
レター

2012年6月に出産された患者様から

掲載日:2012年12月 7日
平成24年6月に、第2子を出産することができました。
 浅田レディースクリニックの事前説明会に出席してからちょうど1年で、待ち望んでいたこの子に会えることができたのは、先生方みなさんのおかげです。
 1人目の妊娠は原因不明で5年かかり、他院で顕微授精までトライしましたが結果が出ずにあきらめたところ、自然妊娠。やはり、2人目もなかなかできず、今回は実績のある浅田レディースに行こうと決めていました。
 他院での顕微授精は、採卵はできても受精しないか受精できても育たない、という感じでした。採卵できた卵の数は他院でのときのほうがはるかに多かった(年齢も5歳ほど若かったから)のに、結果がでませんでした。今思えば、技術がなかったということなのでしょうか。
 浅田レディースクリニックでは、1回の採卵、凍結胚盤胞移植1回目で妊娠することができました。ほんとうに技術が高く、信頼できる病院だと実感しています。浅田先生のお話の中で、移植あたりでなく、採卵あたり妊娠率の高い病院がよい病院という内容がありましたが、本当にそのとおりだと思いました。
 待ち時間もかかるし、お金もかかるけれど、それだけかけてもかわいい子どもに会えることができる喜びを多くの人に与えてくださるクリニックだと私は思っています。
 この子と同時に育ってくれた胚盤胞が残っているので、また迎えに行きたいと思っています。そのときはまたよろしくおねがいします。  
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2011年2月に出産された患者様から

掲載日:2012年12月 7日
浅田先生、羽柴先生、佐野先生、浅田レディースクリニックのスタッフの皆様、ご無沙汰しております。通院中は大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
 報告が遅くなりまして、申し訳ございません。2011年2月、元気な男の子を出産いたしました。全前置胎盤のため、何カ月も入院し、帝王切開での出産となりましたが、無事に元気な赤ちゃんを抱きしめることができました。私は23歳の時に子宮内膜症になり、卵巣の手術をしました。子供ができにくい体質と告げられ、結婚が決まったらすぐに治療をしたほうが良いと、主治医の先生に浅田先生を紹介していただきました。
 35歳で初診説明会に参加した時、自分はもう間に合わないのかもしれないと落ち込みました。それでも後悔をしたくないと思い、タイミング、人工授精を経て、顕微授精に進みました。私は卵巣の手術を三回もしていたため、卵子がなかなか採れず、初回は1つだけ、しかも授精しませんでした。採卵を何度も繰り返しましたが、採卵で採れる数は毎回1~3個なので、サンビーマーも何度も通い、身体に良いということをできる限りしました。3回目の移植の時、初めて陽性反応が出ましたが、うまく育たず流産となりました。とても悲しくて、辛いことでしたが、どうしても赤ちゃんに会いたいという思いで、治療を続けました。
 6回目の胚移植で再び陽性反応が出て、とうとう妊娠することができました。途中、心身ともに疲れてしまって、治療をお休みしようかと悩んだ時もありましたが、先生方に励ましていただき、看護士さんやスタッフの皆さんに優しくしていただき、主人や家族に支えられ、なんとか続けることができました。辛くて悲しくて泣き続けた日々も、浅田レディースクリニックだったからこそ、耐えられたと思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 一歳五カ月になった息子は、とことこと歩くようになり、ますます目が離せなくなってきました。子育ては休む暇はなく、悩んだり落ち込んだりもしますが、我が子を抱きしめる度に幸せを噛みしめて、諦めないで良かった、産まれて来てくれて本当にありがとう と心から思うのです。もう少ししたら、第二子もお世話になりたいと思っていますので、またよろしくお願いいたします。
 今、治療されている方、とても辛いと思いますが、先生やスタッフの皆さんを信じて、どうかあきらめないでくださいね。皆さんのところに赤ちゃんが授かりますように、祈っています。
レター

2012年4月に出産された患者様から

掲載日:2012年11月30日
私の場合ですが、42歳で妊娠、43歳で無事に元気な男の子を出産することが出来ました。
 今でも信じられないし、幸せだと思います。大変ですが育児がんばっています。長い時間かかって、ようやく出会えた我が子ですから、愛情をもって、大切に育てていこうと思います。
 33歳で結婚して、主人も元気だし、私も健康には自信があり、病院できれいな子宮ですねと当時言われていたので、すぐに子供は出来るものだと思っていました。ところが、子作りをはじめてからぜんぜん出来ないので、近くの病院に相談したら、卵管が詰まっていると言われました。卵管鏡下卵管形成術をしてタイミング治療をしましたが出来なかったので、主人の転勤もあり通院をやめることに。一年近く自然に任せていました。その後また違う病院に通いはじめ、タイミング治療・人工授精・体外授精をしましたが全く出来ず、さすがに途方にくれてしまいました。
 そんな時、浅田レディースクリニックさんがいいよと知人に言われ、ここが最後の砦だと思いながら通い始めました。41歳の時です。最初のうちはアンタゴニスト法で臨んでいました。注射の効きが悪く、なかなかいい卵が採れずにいたためショート法に切り替え、半年後に妊娠。でも流産。こんなショックなことはなかったです。期待が大きかった分、妊娠できない日々よりももっとダメージが大きかった。いまでもトラウマです。でもその時羽柴先生に「今回は流産したけど、妊娠できたのだから、またできるよ」と言われ、治療を再開。 途中からクロミフェン採卵に切り替えました。
 これを機に、採れる卵の質がよくなり、1年後、43歳を迎える直前に妊娠し、その後無事に出産することができました。病院治療以外では、足つぼ、鍼灸、体を冷やさない工夫・葉酸摂取などしました。これらも効果があったと思います。治療は本当に大変でした。精神的にも身体的にも金銭的にもつらかった。何度諦めようと思ったかわからないくらいでした。42歳の夏、本当に辛くて、今度ダメだったら、諦めて、二人の人生を楽しく送ろうねと話していました。今は諦めなくて本当によかったと思っています。
 浅田先生は偉大です。まさに幸せ配達人になってくれました。私達の運命をかえてくれました。ありがとうございました。これからもお体に気をつけて、たくさんの人に幸せを届けてください。それから羽柴先生、治療だけでなく、前向きな励ましの言葉にいつも助けられました。ありがとうございます。諸先生方・スタッフの方にもとても感謝しております。
 不妊治療でがんばっている方、これを読んで、43歳でも無事に出産できたということが励みになれば良いなと思います。
レター

2012年4月に出産された患者様から

掲載日:2012年11月30日
私が不妊治療を始めたのは29歳頃でした。
 27歳で結婚をし半年後には妊娠、残念ながら流産してしまいその後中々妊娠できず不正出血を機会に近くの市民病院へ通院。一度着床まではしているからと費用のこともあり次のステップへチャレンジすることが出来ず夫も説得できませんでした。
 タイミングを合わせること4年、人工授精を1年。35歳を迎える頃、主治医から転院を勧められ浅田LCへ。診察前の説明会で卵の話を聞き段々怖くなり私でも治療が受けられるのか少しビクビクしていました。実際に通院してみると考えていたよりもずっとリラックスして治療を受けることが出来ました。誘発から採卵までがとても早くてビックリしました。多のう胞症候群で受精卵が全凍結となり戻すのは一周期遅くなりましたが幸運なことに1回で着床、妊娠となりました。
 妊娠中も大きなトラブルもなく元気な女の子を出産できました。今となってみれば何でもっと早く浅田LCに通院していればと思いました。浅田先生をはじめスタッフの皆様にとても感謝をしています。母になるチャンスを与えていただきありがとうございました。そしてまた卵達を迎えに行きたいと思っています本当にありがとうございました。
 今現在治療を受けている方々にはどうか希望を捨てずご自愛ください。そして迷っている方々には一日でも早く浅田先生の下で治療を受けて欲しいと思います。
レター

2012年6月に出産された患者様から

掲載日:2012年11月16日
浅田LCでは1年弱お世話になりました。
 原因不明不妊で、他院にて2年程の治療暦があり、タイミング・漢方・人工授精と試してきましたが、妊娠に至らず、浅田LCへ転院後体外受精にチャレンジしました。2回目のチャレンジで陽性が出ましたが流産してしまい、初めての妊娠で家族ともどもとても喜んでいたので、本当にショックでしたが、すぐに3回目にトライし今回出産に至りました。
 妊娠中も切迫早産で入院したり、妊娠高血圧症になったり、産後は胎盤が癒着していたり、血圧があがったりと大変でしたが、今こうやって腕に眠る息子の寝顔を見ていると頑張って良かった。と思えます。途中何度も諦めた方が良いのか迷いました。私は妊娠出来ない運命なのかな。そういう体なのかな。主人と二人での生活を覚悟しようかな。そんな時期も幾度となくあり、何度も泣きました。治療中は本当に辛かったですが、頑張って良かったです。
 今は息子との生活に毎日幸せを感じ、寝不足で大変ではありますが、望んでいた事なので決して苦になりません。家族3人川の字で寝ています。起きると隣に息子がいるのが幸せだと主人も話してくれました。
 今治療中の方にもこういう日は必ず来ると信じています。先生方を信じ、ご自身もできる限りの努力をすれば必ず実ると思います。頑張ってください!
レター

2012年5月に出産された患者様から

掲載日:2012年11月16日
私は他院で2回の採卵、3回の胚移植で結果が出ず、浅田レディースクリニックに転院しました。
 説明会に参加して、2年間は頑張ろうと思いました。1回目の採卵、胚移植で妊娠しましたが、7週で流産という結果になりました。その後採卵、胚移植を繰り返しましたが結果は出ませんでした。
 転院して2年が経とうとした頃、採卵8回、胚移植7回となり、ホルモン値もどんどん悪くなり、もう治療を辞めようかと思っていたところ、妊娠することが出来ました。治療中は肉体的な苦痛はありましたが、なんとか我慢できましたが、妊娠反応が出なかった結果を聞くこと、流産したことなど精神的な苦痛の方がつらかったです。それでも治療を続けてこられたのは、主人の支えがあったからだと思います。
 結果が出ず治療をあきらめようかと何度も思いましたが、自分と主人のこどもがどうしても欲しいという思いで2年間通院しました。あきらめなくて本当によかったです。
 出産を終え、本当に浅田先生や羽柴先生、スタッフのみなさんへ感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。
レター

2011年8月に出産された患者様から

掲載日:2012年11月 9日
 育児に追われご報告と御礼が遅くなり申し訳ございません。おかげさまで昨年8月に無事出産し43歳でママになる事ができました。
 顕微授精、採卵1回、2度目の凍結胚移植で授けて頂きましたので通院は約1年でしたが先生方、スタッフの皆様のおかげで治療を辛いと感じる事も無くアッという間でした。唯一、辛かったのは1度目も妊娠はできましたが胎嚢の中に赤ちゃんの姿が見えず流産手術となってしまいました。前の病院で「アナタの年齢だと妊娠できるのは11~12%」と厳しいお話を聞いていたので、この子はまだ妊娠できるよ!と教えに来てくれたんだと思うようにし、たくさん泣きましたが乗り越えることができました。
 2回目は赤ちゃんの姿も心拍も確認できホッとし浅田LCを卒業してから暫くは「もしかしたらまた・・・?」と不安な日々でしたが、若干血圧が高くなったものの想像以上に順調で幸せなマタニティ生活を送ることができました。予定日より5日遅れ、帝王切開予定日の前日に陣痛17時間で産まれた我が子を抱き、ようやく会えた嬉しさと感動で号泣してしまいました。笑顔、寝顔、小さな手足、しぐさ、すべてが愛おしく見ているだけで幸せな気持ちになります。
 なぜもっと早く治療を開始しなかったのか・・・悔やまれてなりません。浅田LCをご紹介して頂いた協立総合病院の日比先生、大変お世話になりありがとうございました。ご報告が遅くなり申し訳ございません。主人の子煩悩ぶりをお見せしたいです。院長先生にはちょうど名古屋駅前が開院する頃で、あまりお目にかかれませんでしたが主人の結果を伺った際に「兄弟の分までありますよ。」と力強いお言葉を頂き安心したのを覚えています。この低い確率をも覆すチーム浅田のゴットハンズは凄過ぎると思います。
 治療の中心となって下さった羽柴先生には「今回がダメだった場合、次はいつ頃・・・?」とスケジュールをお伺いしたら「どうして?1回で妊娠されるかもしれないでしょ?」と、いつもポジティブなお言葉で励まして頂き感謝の気持ちで一杯です。あまり期待しすぎても・・・と心のどこかでダメモトと思っていた自分を深く反省しました。佐野先生には女性ならではの質問もしやすく、治療中も優しく声を掛けて頂き嬉しかったです。浅田LCを離れられたとお聞きし寂しく思います。本間先生には2回とも胚移植を担当して頂き良い結果で「妊娠されてますね。おめでとうございます。」と初めて言って頂いたのは忘れられません。
 看護師の皆様には毎日の注射でお世話になりましたが、いつも優しく言葉を掛けて下さるので痛みが和らぎました。受付スタッフの皆様はどんな質問にも的確にお答え頂き頼りにしておりました。コーディネーター、培養士の皆様、なかなかお目にかかる機会が少なかったのですが卵ちゃん達を大切に管理して頂き感謝しております。
 今はまだ慣れない育児で精一杯ですが、もう少し余裕ができ可能性が残されているのならお迎えに行きたいと思いますのでその時はまた宜しくお願いいたします。我が子との幸せな毎日をくださった浅田LCの皆様、本当にありがとうございました。
 子どもを望まれるすべての方に可愛い赤ちゃんが授かりますよう心よりお祈りいたします。
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