患者さまからのお手紙
掲載お手紙数999通 毎週金曜日更新
1000通を超えたため新しいページに移動しました。
2017年7月に出産された患者さまから
1番初めの説明会の日、実はこのかた遅れたことのなかった生理が1週間遅れていてもしかしたら妊娠したかも!と思い、説明会はキャンセルしようかなと思っていましたが当日の朝リセット。妊娠してなかったのか、もしかしたら流産だったのか。でもこの日にリセットしたことは何か意味がある事だと思い説明会に参加しました。
ご夫婦で参加される方も多い中、1人で向かった説明会はとてもすき緊張したのを覚えています。治療中は、仕事を休むのに本当に大変な思いをしました。初めは不妊治療と言わずに急な休みが欲しいとお願いしていましたが、休みを重ねる事に罪悪感もあり、男性の上司でしたが治療の事を打ち明けました。お昼ご飯のあと同僚に隠れて薬を飲んだりする事も大変でした。
周りからも、赤ちゃんはそろそろ?と聞かれたりする事もすごく苦痛で、夫の両親や親戚の集まりに行くことも本当に嫌で仕方がなかったです。旦那ともタイミングをとることについて何度も喧嘩になったりして、悲しい涙を沢山流しました。私は本当にありがたいことに人工授精1回で授かることが出来ました。クリックで心拍確認ができた時、赤ちゃんの心臓はチカチカとキラメキ本当に美しいもので涙が出たのを忘れられません。
体外受精等、もっと長期に治療されている方も多い中で、私は本当に運が良かったのでここにコメントするのも気が引ける部分もあります。でも私なりに大変な思いをしてここまでたどり着くことができ、クリックの皆さんには本当に感謝しています。先日まで深田恭子さん主演の不妊治療のドラマも放送されていて、以前より周囲の理解度も上がってきているのかもしれませんが、やはり治療する本人しか分からない葛藤や悩みもあります。
妊娠を希望される全ての方に、あのチカチカと輝く命のキラメキが見れますことをお祈りしています。
2017年10月に出産された患者さまから
私はもともと生理不順で、自分自身不妊症なのではないかとずっと思っていました。なので、結婚してから早い段階で病院に通い始めました。診察の結果は生理がきても排卵していない事と、多嚢胞の疑いを指摘されました。病院では薬を服用してのタイミング法を何回か試したのですが、結果は出ませんでした。
その病院でステップアップを提案され不妊治療専門病院への転院を勧められました。その提案を受けたときは正直ショックでした。が、この提案をしてもらえなければ私は浅田レディースと出会うことが出来なかったと思いますし、今でもズルズルと治療を続けていたかもしれません。不妊治療を始めた当初は金額面や年齢的にも体外受精に抵抗があったのですが、説明会に参加したり、体外受精をした友人などから話を聞いたりして自分自身ステップアップに対して前向きになることが出来ました。なので浅田に通うなら体外受精1択で通いました。
浅田レディースの先生や浅田で働くみなさんが本当に親身になってくださったので私は通院も卵子を育てるための注射も辛くはありませんでした。採卵も予定していた日より先生の診察でもう少し育てたほうがいいとのばしたことによって質のいい卵を沢山とることが出来ました。その結果1回の体外受精で妊娠出産することが出来ました。何年もタイミングで結果が出なかったのに浅田レディースに通い始めて半年もたたないうちに妊娠することが出来ました。
浅田レディースの技術は本当に素晴らしいと思いますし、先生や看護師さん達も優しく、辛い不妊治療を乗り越えることができるのはこの病院だからだと思います。私は20代ですが不妊で何年も悩みました。不妊治療を始めるのに早すぎることはないと思います。20代であっても不妊にはなります。もし迷ってる方がいるのならまずは説明会に参加するべきだと思います。
2017年09月に出産された患者さまから
1人目の治療で2015年に採卵し、1回目の移植で妊娠出産しました。そして、2017年に凍結していた卵を移植し、今回も1回目の移植で2人目を妊娠出産しました。そして今、長男は2才5ヶ月、次男は5ヶ月になりました。長男はイヤイヤ期真っ只中、次男は離乳食が始まり、治療をしてたことを忘れてしまうくらいバタバタの毎日で、色々と悩みはつきません。
そんなとき、浅田レディースクリニックからハガキが届き、我が子たちは浅田レディースクリニックでさずけてもらったんだなーとその時の気持ちを振り返りました。浅田レディースクリニックに通う前を含めての治療期間中は、とても辛くて、毎月泣いて落ち込み、周りの妊娠出産報告を恐れる日々でした。頑張っていた正社員の仕事も退職の道を選び、失うものもありました。その当時の自分はまさか二人の息子の育児に奮闘するなんて思いもしませんでした。あれだけ辛い不妊期間があったのに、いざ子育てが始まるとそんなことも忘れてしまうくらい忙しく、思うようにいかない育児に頭を悩まされています。
それも浅田レディースクリニックのおかげ、ありがたいことなんだと、改めて気づかされました。不妊治療は頑張れば結果が必ずついてくるものではなく、頑張っても頑張っても思うようにいかないことの連続です。周りの心ない言動に傷つけられることもたくさんあります。でも、浅田レディースクリニックで治療をするということは、良い結果への近道だと思って、希望を持ち、信じて頑張ってほしいと思います。いざ、出産してみれば、不妊治療のことも忘れてしまうくらいに本当にバタバタで、不妊期間と同じような思うようにいかないことも育児にはつきものです。
治療を乗り越えた分、うまくいかないことに立ち向かって乗り越える根性や精神力が養われているんだ、くらいの気持ちでいてください。辛いことを経験した分だけ、人は強くなれると思います。今、治療をしている、頑張っていることが自分を強くし、精神面でも母になる準備をしているんだと思って、諦めず乗り越えてください。子どもは成長すればするほど、思うようにはいかないことばかりです。他の子どもと比べられたりすることもあります。かわいい我が子が目の前にいる、それだけで不妊期間とは全然違う!私もそう思っていましたが、今思うのは不妊期間も子育て期間も似たような思いをすることもあるなと思います。だからこそ、治療を頑張ったことは無駄にはならないと思うのです。
浅田レディースクリニックでたくさんの方が妊娠出産できることを影ながら応援しています。
2017年10月に出産された患者さまから
35歳で結婚しました。友人が体外受精で子どもを授かり、治療やステップアップの過程については何となく聞いていました。早めに病院に行ったほうがいいかな、と認識していたのと、最初から体外受精までを見越して実績がある浅田レディースクリニックを受診。AMHが年齢に対して少なめで、早めのステップアップを勧められ、タイミング、人工授精を各一回ずつを経て、体外受精にステップアップしました。
採卵は2個しかできませんでしたが、無事2個とも受精卵になり、幸いにも1回目の移植で妊娠することができました。私は職場の理解を得られたのと、病院の立地が生活基盤に都合がよかったため通院しやすく、精神的にも体力的にも助けられたかな、と思います。また病院のスタッフさんは皆さま担当部署で責任感をもって従事していらっしゃるなぁと感じました。不快な対応を受けたことは一度もなく、プロ意識が高いと感じました。そうはいっても無事に産まれるか不安でしたが、元気な産声を聞いた瞬間は安堵しました。
最初の説明会は衝撃的でしたが、主人と一緒に参加したことで、妊娠するためには積極的な行動が必要と認識し、AMHが低いという事実も覚悟を決めて向き合うことができました。また、体外受精を経験した友人の存在も大きかったと思います。次は私が誰かにとっての身近な(体外受精経験者)となれたらいいと思っています。また、若い女性には出産を考えるなら一日も早く自分の身体について向き合うことが大切と伝えたいです。
浅田先生がおっしゃったように出産はゴールではなくはじまり。慌ただしい毎日ですが、子どもとの生活を楽しみながら、しっかりと育てていきたいと思います。改めて、適切な治療をありがとうございました。
2017年11月に出産された患者さまから
浅田レディース名古屋駅前クリニックの皆様お元気でしょうか。11月予定日の1日前に元気な女の子を出産いたしました。上の子が1歳7ヶ月の時です。上の子も、授けていただき、2人目も授けていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
上の子は1回目の胚移植で、下の子は2回目の胚移植でした。下の子の1回目で陰性だった時、本当に悩みました。いつか、兄弟がいてくれてよかった!と言ってくれるかもしれませんが、その時点では完全に私たちの希望というかエゴというか...治療を再開したのが、上の子が9ヶ月の時でしたから、通院時に、母に預け、母にも迷惑をかけてしまうし、何より息子に寂しい思いをさせてまで、治療すべきなのかと。それに上の子を授かるまでに7年かかり、浅田レディースクリニックでは1回目の胚移植でしたが、トータルは5回目でしたので、ずいぶんそれまでに辛い思いをしたせいか、その記憶がフラッシュバックし、とてもとても悲しくなりました。
2回目で陽性をいただき、それからは順調に育っていって、今私は2人の子を抱っこすることができました。2人目の治療の際にも感じたこと、やはり、自分が頑張っている時に、人の妊娠報告は聞きたくありませんでしたし、心から喜べませんでした。1人いるんだから、気持ち的には余裕があるはずなのに...なので、今通われている皆様、今から治療をはじめる皆様、そんな、ちょっと心の狭い自分が出てしまっても当たり前です。どうかご自分を責めないでくださいね。こんな風に言ったら語弊がありますが、治療をして、欲しくて欲しくて授かったお母さんはみなさん、こどもを大切にしていますよ。やはり、こどもに対する向き合い方が違うなと感じます。そう思ったら、あのとき頑張ってよかったなと思います。
欲しくて欲しくて仕方がなかったからこそ、今こんなにも大切にできるのだなと。こどもは手がかかるものです。親の装飾品ではありません。しかし、日常の大変さでついついそんな大切なことを忘れてしまいそうになります。最近、私はこどもと過ごせる時間はこれから一体どのくらいあるのだろう、と考えてしまいます。大変なこともありますが、振り返ってみたら、懐かしい思い出になるときがいつか来るんだろうなと。日々の大変さで見失ってしまわないように1日1日を大切に丁寧に生きていきたいと思っています。そして、欲張りにならず、陽性をもらって本当に本当に嬉しかったこと産まれた瞬間のあの感動産まれてきてくれてありがとうと思ったことを決して忘れないように常に初心に戻って、子育てをしていきたいなと思っています。
どうか皆様のもとにも赤ちゃんがやってきますように、どうか皆様が少しでも前向きになれますように、願っております。
2017年10月に出産された患者さまから
説明会に参加したとき、浅田先生から厳しくも的確なお話をお聞きしました。主人は厳しすぎるのではと反対していましたが、私はとにかく耳障りの良いことを言ってない結果が伴わない病院よりも結果の出せる技術のしっかりとした病院にかかりたかったので、浅田先生について行こうと決めました。
実際に治療を始めるまでは自分が不妊であるという事実が受け入れられず、不安しかなかったのですが、いざ通院を始めるとたくさんの患者さんがいらっしゃる環境で「頑張っているのは私ひとりじゃないんだ」と思え、気持ちが楽になったことを覚えています。最初の1年はタイミングと人工授精でしたが、2年目からは体外受精・顕微授精にステップアップし、最初の移植ですぐに妊娠しましたが、9週で稽留流産となってしまいました。その後数回の移植の後、赤ちゃんを授かることができました。
仕事をしながらの通院でしたが、職場の理解もあり、またインターネットで予約をとることができるので半休などを活用しながらうまく通院することができました。名古屋駅前という立地も通いやすかったと思います。先生方だけでなく看護師さんもみなさんとても親切で、特に採卵や移植の際には看護師さんの優しさにとても励まされました。不妊治療の話はいろいろ聞きますが、浅田レディースクリニックでは採卵のときも移植のときもほとんど痛みもなく、痛くて大変、という思いはしませんでした。
採卵も受精・培養の技術も本当にすばらしく、複数受精卵を凍結することができたので金銭的な負担も抑えられ、妊娠できたのだと思います。体外受精と顕微授精の併用というのも、私にとっては結果的によかったと思います。体外受精のみだったら1回の採卵でちゃんと受精卵が出来ていたかどうか...。浅田レディースクリニックの高い技術があったからこそ、最短ルートで妊娠に導いて貰えたのだと思います。
本当に良い状態の受精卵を戻してくださったおかげか、健康そのものの赤ちゃんを出産しました!(笑)わが子は本当にかわいくて、毎日幸せです。高度治療には抵抗はありましたが、今となっては、方法は何であれわが子に出会うためにやれるだけのことをやって良かったと思っています。
浅田先生を信頼してついて行ってよかったと心から思っています。本当にありがとうございました。
2017年10月に出産された患者さまから
わたしは浅田LCにかかるまで、フルタイムの仕事をしながら名古屋の有名な不妊治療病院2箇所に通い、タイミングや人工授精をしていました。わたしには片方の卵巣しかありません。33才で1もないAMH。きっと卵は取れない、取れてもひとつかふたつと言われ続けて絶望だと思っていました。
10回くらい人工授精しても授からず、いよいよ体外受精を勧められたときに3つの病院の説明会を聞き、1つの医院では体外受精実施の直前まで悩みましたが医師の説明や進め方に違和感や不信もあり、お金も期間も限られていたので、敷居の高いと思っていた浅田LC説明会に参加しました。他の会とは圧倒的に違うのは、先生の自信と、圧迫感にも似た、覚悟を決めて取り組まなければ成功はないんだという治療を受けるわたしたちへの厳しさ。最後の砦とよく言われる浅田LCですけど、わたしは体外受精に挑むなら最初で最後にしたいと思い、こちらに通ってみることにしました。
浅田先生にかかったことは1度もなかったですが、勝川クリニックで神だと思える羽柴先生と出会い、的確なアドバイス、わたしたちが欲しい言葉に何度慰められ、元気づけられたことか。羽柴先生だから薬や注射も頑張れたし、待ち時間も苦になりませんでした。しかも絶望だと思っていた卵は8個も取れたのです!簡易法しかできないと思っていたけど、諦めずにショート法を勧めてくれた先生のお陰です。
分割もうまくいき、そのうちの一つ目の受精卵がお腹に宿ってくれました。今は愛おしい生後4か月の娘です。羽柴先生は卒業するときに、両手でしっかりと、おめでとうと握手してくれて、思わず涙が出ました。浅田LCだから覚悟を決められた。羽柴先生だから頑張れた。愛おしい娘に会えた。他院で治療してきた5年間が、浅田LCでは半年の治療で終わりました。受付の方たちも対応よく勉強もしっかりされているのがわかり、看護師の方も優しく丁寧で、本当に浅田LCにしてよかったです。
スタッフ全員に、何より羽柴先生に心から感謝しています。
2017年9月に出産された患者さまから
浅田レディースクリニックで顕微授精をして2人子供を授かりました。うちは男性不妊で、私には原因はほぼありませんでした。旦那さんを思い、その事実を告げずに治療しました。...が、結果的には原因が何だったか伝えた方が良かったのかなと思いました。旦那さんは自分が原因だとは思っていなかった為、また頑張ろうと言うだけ。子供が出来ず他の妊婦さんを見ては辛い思いをしたのも私、仕事を犠牲にしたのも私、飲み忘れてはいけないお薬を毎日飲んだのも、お腹に自分で注射したのも私...。
人によるのかもしれませんが、ごめんね、や、ありがとうという言葉はありませんでした。なかなか言えないのかもしれませんが。そんな中でタイミング悪く一人目を妊娠した時に受精卵取り違えの番組を見てしまいました。不安になりながら、でも浅田レディースクリニックの先生方を信じました。信じるよう努めました。いざ、生まれて来て、旦那さんには似ていたけど自分には似てないような気がして...産後うつのような感じになり、小さな命とひとり向き合い2時間おきの授乳。DNA検査しようか悩みましたが、私の妹の子供たちと似ているところがあったりで安心できるようになり、結果検査はしていません。
そして二人目が生まれ...一人目とそっくり!取り違えはなかったと確信しました。精神的、肉体的、金銭的に様々な負担がかかります。浅田レディースクリニックの先生方を信頼していても、妊娠するまで辛い思いをしてきた分、もうこれ以上辛い思いはしたくないと思って不安になります。信頼関係が一番大事と浅田先生はおっしゃいます。でも正直不安になることもあると思います。自分だけではなかった、ここにも一人いたと安心してもらえれば嬉しいです。
不妊治療をした人にしかこの大変さ辛さは分かりません。でも浅田先生のところに通えるだけ幸せかと思います。支離滅裂な感じになりすみません。浅田レディースクリニックの先生方には感謝するばかりです。
2017年9月に出産された患者さまから
不妊治療を初めて4年。子宮外妊娠を2度経験し、待望の可愛い我が子に出会う事が出来ました。浅田先生に出会えた事は私達の人生において最大の幸運だと思っています。
私は20歳の頃、生理が止まり無排卵になりました。内服薬では排卵せず、連日の注射による刺激でしか排卵せず、子供が欲しいなら早めに治療を開始した方がいいと言われていました。29歳で結婚し、すぐに不妊治療を開始。連日の自己注射で排卵させ、タイミングを取りという治療を2年ほど続け初めての人工授精で妊娠したのも束の間、子宮外妊娠との診断。体外受精に進んだものの、受精卵も2つしかできず、妊娠にはいたらず。
その頃、主人の転勤が名古屋に決まりました。地元の先生から名古屋には『浅田レディース』という有名な病院がある。と教えてもらったものの、その時説明会の待ち人数が700人。とてもじゃないけど、待てないと思い、他の病院へ通う事に。そこで体外受精をし、かなり注射で刺激したものの、やっとできたのは胚盤胞を1つ。移植して陰性でした。
次の治療をどうするか迷っていたところに、幸運にも浅田レディースの説明会の順番が回ってきました。説明会に参加して主人と相談し、通院する事を決意。私の場合、かなりの高刺激でないと卵胞ができないので、刺激により吐き気など副作用が辛かったのですが、頑張ったかいがあって、胚盤胞5個と初期胚が4つもできました。こんなにたくさん受精卵ができたのなら運命の子がいるかもしれない。そう思い、移植をしたものの、最初の移植は陰性。
二回めの移植は、ブラスト5の良い状態の卵でしたが、人生二度目の子宮外妊娠になってしまいました。この時は私にはもう子供は生めないのかもしれないと本気で思いました。主人からは2人だけの人生でも自分は幸せだから、もう私の辛い思いをする姿を見たくないと言われました。やはり諦めきれなくて、人生五度目の移植。ブラスト3の卵ちゃんでした。それが今私達のもとに来てくれた可愛い息子です。諦めなくて良かった。また子宮外妊娠になるのが怖くて、なるべく子宮の真ん中に戻して欲しいとお願いして移植してくださった服部先生。あの時、先生に移植してくださったおかげで奇跡がおきました。本当に感謝してもしきれません。
育児は大変な事もたくさんありますが、あの時の辛い治療を思い出して、感謝の気持ちを忘れず、我が子を大事に育てたいと思います。
2017年9月に出産された患者さまから
今回2人目を授けていただきました。1人目の時、不妊治療を他院で3年、体外受精も6回採卵しましたが、中々妊娠することが出来ませんでした。いわゆる原因不明というものです。
転院も考えた方が良いだろうと思っている時、浅田LCを友人に紹介してもらうも、なんとなく通院の大変さや仕事との両立、料金の事など、ハードルが高く感じてその後半年程転院出来ずにおりましたが、結果が見えない現実に、どうしても子供が欲しく転院を決意しました。そこからは順調に検査、採卵、移植と進み1度目の移植で妊娠できました。その期間、4ヶ月です。
その子は元気に成長し、1歳を迎えた時に二人目を考え、再度通院を開始しました。前回の採卵で出来たたまごを戻し、1度目は化学流産。翌月また初期の凍結卵を戻し、妊娠することが出来ました。病院によってこんなにも結果が違うんだと改めて実感したのと同時に転院して良かったと心から思っています。採卵時は、フルタイムで働いているので、仕事との両立は難しいですが、採卵スケジュールを組むのもこの日かこの日でと少し余裕があったので、何とかなりました。あの時頑張って良かったと思っています。
料金もカードでの支払いが出来たので何とかやりくりが出来ました。子供がいない時は、本当に気持ちに余裕がなかく苦しかったですが、不妊治療を経験しているからか、子育てにイライラすることが少ないと思います。ワガママを言われても、不妊で悩んでいる時の事を思えば!や、望んで授かったんだから一生懸命育てようと思えます。
また夫と二人の時間も沢山あったので、二人の時にしか出来ない、おしゃれなお店へディナーへ行ったり、旅行へ行ったりしました。一緒に不妊治療に向き合ってくれ、信頼関係も出来ましたし、思い出も沢山作れました。なので、私は治療している期間も大切だったんだと思っています。
治療中、この手紙を良く読んで、子供のいる自分なんて想像出来ませんでしたが、今は治療していた時の事を忘れてしまいそうなくらいです。私がそうだったように、今は苦しい思いでこの手紙を読んでいるかもしれませんが、明るい未来があると思って頑張ってください。まだ凍結卵が残っているので、またお迎えに行きたいと思っています。
3人目がどうなるかまだ分かりませんが、1度の採卵で3人目まで希望が持てるとは、さすが浅田LCだと思います。