患者さまからのお手紙

2025年06月に出産された患者さまから

掲載日:2026年4月10日

妊活を始めて2年後の妊娠でした。1年間は自己流タイミング、2023年夏から浅田レディースクリニックに通い始めました。主人や家族には「まだ子供が出来なくて1年でしょ?そんなに焦らなくても良いんじゃない?」と言われましたが、母が不妊気味であったこと、私の年齢(当時32歳)や今後のキャリアを考えこのタイミングで治療を始めることにしました。浅田レディースクリニックを選んだ理由は、職場が近かったこと、施設が大きく予約が取りやすいという口コミを見たためです。通い始めてからは人工授精を6回行い、全て陰性でした。
その後体外受精へ進みました。体外受精前の採卵では幸いにも複数卵が取れましたが、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)になり、仕事へ向かう途中で吐き気がおさまらず駅のトイレで動けなくなりました。その日中に浅田レディースクリニックで診察をしてもらい、症状は改善しました。体外受精については、全て顕微受精となりました。1回目はかすりもせず陰性、2回目は化学流産、3回目は胎嚢確認後の流産でした。3回目は胎嚢確認していただいた次の日に大量出血。出血とともにトイレに塊が出たのですが、怖くて咄嗟に流してしまいました。その夜に他院を緊急受診し、胎嚢はもう見えないと言われました。翌日、浅田レディースクリニックを受診しました。出血で胎嚢が隠れているのかも知れないため、ホルモン補充の薬を続けるようご指示いただきました。この時が一番辛かったです。トイレで見たあの血の塊が胎嚢だったという自分の中での確信がありましたが、先生には詳しく説明することが出来ませんでした。あまりのショックで頭で物事を上手く考えることができませんでした。
1週間薬の服用を続けた後、次の診察で流産の判定となったのですが、その時に担当してくださった吉岡先生が本当に優しく寄り添ってくださるお人柄で、人前で自分の感情を出すのが苦手な自分でも診察室で思わず涙を流してしまいました。転院すべきなのか、メルタル的にも治療をお休みするべきか、考えていましたが、吉岡先生のお話を聞いてもう一度頑張ってみようと決心することができました。4回目の移植は、吉岡先生が担当してくださったと思います。2024年9月でした。移植するだけでなく、ベッドに横になる自分の顔の近くまで来て「良い位置に移植できましたからね」と優しくお声がけしてくださいました。流産を2回繰り返していたことから、4回目の移植後は不育症専門のクリニックも並行して受診しました。そこでいくつか検査し、自分は軽度ではあるものの血液が固まりやすい体質であることが分かりました。バイアスピリンを処方しながら妊娠を継続することができ、無事に出産することができました。
友人の妊娠や出産報告に素直に喜べない自分のことがどんどん嫌いになり、友人とはしばらく疎遠となってしまいました。また、私が今書いているような「不妊治療をしていたけれど、妊娠出産できました」という話すら素直に読むこともできなくなっていました。当時はそんな自分のことを責めていましたが、今考えるとそんな必要はなく、自分の気持ちに正直に過ごして、少しでも心の負担が少ない状態で治療に臨むのも良いのかも知れません。私は治療していることを家族に話していました。主人を始め、両親や妹はいつも気持ちに寄り添ってくれ、辛い時に外に連れ出してくれました。一人では決して乗り越えられませんでした。家族みんなに感謝しています。最後に、浅田レディースクリニックの皆様、本当にありがとうございました。特にどん底にいた私を優しい言葉で救ってくださった吉岡先生には感謝してもしきれません。逆子のため帝王切開となりましたが、初めて我が子を抱いたあの瞬間は今思い出しても涙が出るくらい、言葉には言い表せない大変幸せな瞬間でした。現在は子育てでバタバタな毎日を過ごしていますが、隣ですやすや眠る我が子を見て「諦めなくて本当に良かった」と思います。まだ凍結胚を保管していただいているので、またいつかお世話になるかと思います。その際はどうぞよろしくお願いいたします。

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