患者さまからのお手紙
2024年2月に出産された患者さまから
私は37才の時に他院で人工授精とタイミング法をはじめました。その時は妊娠できましたが8週で流産してしまいました。その後もできず半年経ち、このままでは手遅れになると思い、はじめて浅田院長先生のセミナーを受けたのが39才。セミナーを聞いて、遅すぎた。と思いました。しかし実績があり最後の砦と言われるこのクリニックでもダメなら諦めがつくと思い通うことにしました。
結果は採卵6回、移植9回目で妊娠出産となりました。子宮筋腫もあったせいなのか他の方より時間はかかったと思います。その間には7週の流産1回、化学流産2回ありました。セミナー参加した日から卒業するまでは1年10ヶ月でした。通院中は採卵結果を聞きにいくだけでも、手が震えるほど緊張し、なかなかいいグレードの受精卵が出来ず落ち込み、移植前の待合室で泣いたこともあります。テレビで赤ちゃんの特集が流れ始めるとチャンネルを変えたり、私より後に不妊治療に通いはじめた友人が自然妊娠したという話を聞いた時は、その時は表面上は笑顔をつくり、家に帰ってから泣いたり、周りは子どもがいる友人ばかりでどんどん追い詰められていき、同世代の友人とは長い間距離を置いてしまいました。
移植をする待合室で、隣に座った子は今回妊娠するのかな、また私は次もここで待つことになるのかな、少ない回数で妊娠する人が羨ましいと、思考がどんどん暗くなっていました。自費で体外受精2回、保険適用の6回も使い切った時、最後に残ったのが胚盤胞3ACと3BCの2個。保険適用の時にとれた卵があると、その卵を残したまま次に自費での採卵には進めないという壁にもぶち当たりました。
直前には3AB??2個を2回移植しても妊娠しなかったため、3ACと3BCなんてグレードの悪い胚盤胞ではどうせ無理だろうと思い、それを破棄して採卵からやり直そうかと先生に話したところ、いつも冷静な女性の先生が、「もったいないですよ!妊娠するかもしれないじゃないですか!」と少し声を大きくして言われました。正直いつも淡々と話されるのでびっくりしましたが、情熱を持って治療のことを考えて下さっているのだなと改めてわかり、最後の3ACと3BCを移植することにしました。そうしたら1つがしっかり育ってくれ、41才で出産までたどり着くことができました。
妊娠初期に出血を繰り返し、切迫流産、切迫早産にもなり、子宮筋腫も肥大化し最後は帝王切開になるという順調ではなかった妊婦生活でしたが、そんな我が子はいま6ヶ月。心配性な私を横目に元気にすくすく育ってくれています。筋腫のため数ヶ月後には子宮全摘の手術をする予定です。これも高齢出産の代償だと思います。
最後に移植を勧めて下さった先生には本当に感謝しています。次の採卵で私は最後にしようと思っていたので、クリニックに通ったら絶対妊娠できますとは言えないですが、浅田レディースクリニックさんは毎回卵を育てる方法が違い、どんどん卵が取れるようになっていきました。それが保険適用の時でもです。個人個人に合った治療法を考えてくれるクリニックさんだと思います。そして最先端の技術。採卵の時や流産の時の麻酔もほんとに身体に負担がなくて、他院とは違いました。若ければ経験しなくて済んだかもしれない辛い思い、出費、体への負担。治療を始めるのが遅くなるほど経験することになります。不妊で少しでも悩むなら、早く治療に通われることをお勧めします。
そして浅田レディースクリニックさんには、一生抱くことができなかったかもしれない我が子に会わせてくれて本当に感謝しています。
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