出産・予後調査の案内を受け取られた方へ

2016年01月に出産された患者様から2

掲載日:2017年10月27日
診察の待ち時間、暇さえあればホームページのお手紙のコーナーを読み過ごしていたときによく目にしていたこの書き始めの文章...まさか私も書く日がくるとは、当時は夢描いていたこと。なんだかとっても言葉にならない想いが溢れてきます。
 浅田先生をはじめ、お世話になった先生方、全てのスタッフの方々にご報告ができ本当にうれしく思います。無事に今年1月に帝王切開にて待望の女の子を出産致しました。妊娠中のトラブルも全くなく、周囲の人達が驚くほど元気な妊婦とお腹の中でも元気な赤ちゃんでした。帝王切開の処置中、あまりに元気に泣く赤ちゃんの声に先生も驚くほどでした。現在はあっという間に、6ヶ月もすぎ、1人座りができるようにまで成長した我が子に『待ってたよ~、来てくれてありがとう』と言いながら、子育てに奮闘しています。本当にありがとうございました。
 今、私の文章を読んでいらっしゃる方々へ今現在に至る経緯も、状況もみんな本当にそれぞれ。自分に当てはめて調べて読む内容に、一喜一憂する、してきたことと思います。私ももちろん同じでした。検索しては落ち込む、不安になるばかり。この人よりはましだから頑張ろう...などなど。今、腕の中でようやく泣きつかれて寝てくれた我が子を見ながら思うことは、この世に1人として同じ人はいないように、状況も同じ人はいない。ただ赤ちゃんが欲しいという気持ちだけしか同じではない。我が子をこの腕にだきたい...ただその夢を叶えるため
 1.浅田先生はじめ、クリニックの先生を信じること。
 2.ネット検索をやめる。浅田先生の情報だけを見るようにする。
 3.自分の状況確認は、他人の状況にあてはめない。受信時に先生に聞いて確認すること。
とにかくこの3つをシンプルに実践する。そんな事が確実に夢へと導いてくれる方法なのではなかったかなぁ~と思います。もしこの事が少しでも参考になればと思い、書かせていただきました。
 最後に、我が子を授けて頂いた事に感謝しきれない思いをなかなか伝え切れず、月並みの言葉でしか表せない自分が情けないですが、本当に、本当にありがとうございました。そして、とりとめのない文章になってしまい申し訳ございませんでした。
レター

2016年03月に出産された患者様から3

掲載日:2017年10月27日
30代の時に「卵子の老化」という言葉を耳にするようになり焦ってはいましたがそのまま時が経ち41歳で結婚、半年後に不妊治療を始めました。
 別の病院で体外受精まで実施しましたが陰性で終わり、そこで高齢のため今後治療してもいい結果が得られない可能性が高いと言われ、そこから私にあった病院探しが始まりました。そんな中、浅田LCの説明会での浅田先生のお言葉に「ここで治療をしたい!」と希望が持て、説明会が終わった足で早速予約をとりました。
 私の場合、なかなか結果が出ず多少の落ち込みはありましたがあきらめずに頑張れたのは浅田先生を始め諸先生方スタッフの皆さまの納得のいく対応と高度な技術をもって治療をしていただけたことにより希望を持ち続けれたことに感謝しております。
 妊娠出産を経てからは毎日が大変ではありますが充実した日々を過ごしております。見るもの聞くものに今までと違う感情が生まれたこと、主人の新たな面を発見できたこと夫婦だけでなくお互いの両親、自分を取り巻く方々をも幸せな気分にさせてもらえたこと浅田LCで授けていただいた我が家の小さな天使君は私を始めみんなの世界をすごく大きな力で変えてくれました。
 45歳と2カ月にしてママさんと周りから呼ばれるようになりくすぐったい気持ちで毎日育児奮闘中です!
レター

2016年03月に出産された患者様から2

掲載日:2017年10月20日
私たち夫婦には顕微授精しか方法がありませんでした。他院での治療がうまくいかず、そんな時に偶然見かけた雑誌で浅田レデイースクリニックを知りました。雑誌で知った設備の素晴らしさとホームページからうかがえる浅田先生の人柄に惹かれ、ここでダメなら諦められると受診を決めました。
 それから半年弱で1人目を授かり、今回は2人目のための治療でお世話になりました。2人目はなかなか結果が出ず、流産も経験し、採卵2回、移植8回目で2人目を授かりました。治療中は、私は前向きではいられませんでした。終わりが見えなくて、つらくて。いつか経済的に限界がきて、諦めないといけないかもしれない。また流産するかもしれない。問題なく妊娠出産できる人もいるのに、どうして自分はこうなんだろう...。そのくせ余裕があるときは、治療に専念させてもらえるだけ幸せだと思ってみたり...。治療中は本当に精神的に不安定でした。そんな自分が嫌いでした。泣いてばっかりでした。でも、だんだん開き直れるようになったんです。それだけ子どもが欲しいんだから、不安定なのは当然!泣くのも落ち込むのも、誰かを羨ましく思うのも当然!それでいいやって。それからは、少し楽になれたような気がします。
 これから治療を始められる方や、現在治療されている方は、少なからず不安を抱えておられると思います。でも、浅田レデイースクリニックは本当に素晴らしいクリニックです。不安や疑問にもとっても丁寧に答えてくださいます。ぜひ先生方と一緒に、治療を進めてみてください。自分の納得できる結果がついてくると思います。治療がうまくいくよう、心から祈っています。
 浅田先生はじめ諸先生方、スタッフの皆さん、治療中は本当にお世話になりました。2人目も無事に出産することができました。1人目のときよりも余裕があり、久しぶりに0歳児を楽しんで育児できています。1人目はこの4月から幼稚園に通っています。数年前には想像もできなかった幸せを、私たち夫婦に届けてくださって...本当に本当にありがとうございました。ぜひ、1人でも多くの患者さんに幸せを届けてあげてください。何もできませんが、遠くからいつも応援しております!
レター

2016年03月に出産された患者様から1

掲載日:2017年10月20日
初め違う病院で人工受精で治療してましたが、授からず、ステップアップする時、一番成功率が高いところで実施したいと思い、浅田先生のところに行きました。説明会では衝撃もありました。「いつか妊娠できる。」と思い、妊娠したいのにできない、でも体外受精に抵抗があった私は人工受精止まりで気づいたときは3年間も経過してました。でも説明会でまず治療方針などを聞き、自分の考え方もかわり、新たに頑張ろうという気持ちに変わりました。
 正直仕事をしながらだったので通院は大変でしたが、受付の方や看護婦さんにもできる限りの対応をいただき何とか通院できました。1回目の妊娠がわかったときは双子でしたが、育たなかったため、流産の手術をしました。正直この時もう治療をやめようとものすごく泣きました。お休みするか迷いながらそれでも子供がほしかったため、初めは会社にも病院に通ってることを言わずに通院してましたが、このままではダメだと思い、まず仕事を少しだけ減らしてもらい、自分の納得が行くまで通ようことにしました。通い初め1年半で卒業し、毎日念願の子供とふれあいとても幸せな時間を過ごしてます。
 もし不妊の病院で悩んでる方がいたら、時間とお金をかけるなら、初めから浅田先生のところに行くことをオススメします。悩んでいた友達にも病院を紹介して今では同い年の子供のママになってます。もし病院に通うか迷ってる方がいらっしゃったら、迷ってる時間が一番もったいないです。
レター

2016年02月に出産された患者様から1

掲載日:2017年10月13日
 わたしは、2015.7(8W0D)卒業になりました。 この期間は、すごく長く大変な日々でした。
 結婚が34歳と遅かったのですが、身体には、自信ががあり、子もすぐに授かるであろうと37歳で、軽い気持ちで説明会を出席し、初めて受診し、検査を受けてみて、驚き、シヨックを受けました。AMHの値がゼロだったのです。Dr.に治療は、急いだ方がいいと薦められ、2013.1より顕微授精を始めました。
 2年過ぎても結果は出ず、心身共に 疲れがでてきて、気づくと、年齢も40歳になっていました。半年ほど、治療を休み、心身共にリフレッシュして健全な状態にし、卵をもどすことにしました。結果は、陽性でした。40歳10カ月で妊娠し、41歳8カ月で、出産しました。
 私のよう気づくのが遅いと、治療は長くなり、心身共にくたびれてしまうでしょう。少しでも迷いのある方は、一日でも早く検査を受け、現実も知ることが 大切かと思うます。
 現在治療中の方は、ご自身で、今の自分の体を見つめなおし、日々の生活 から、変えていく努力をなさったり、疲れたら、頑張りすぎず、趣味や、レジャーなど、気分転換し、リラックスすることが、意外に近道だと思います。
 わたしは、9回目の判定日に、Dr.に作戦勝ちといわれ卒業しました。妊娠中、出産とすごく順調でした。現在息子は、5カ月、健やかに育っております。そして、家族が増えたことにより、わたしの周りは、みんな幸せな空気が 流れております。自分なりの治療計画を立てることは大切です。やはり身体が資本です。
 妊娠がゴールではありません。安定した妊娠生活、出産(安産)、安定した子育てをしていくためです。
レター

2015年10月に出産された患者様から12

掲載日:2017年10月13日
昨年10月に第二子となる次女を出産いたしました。44歳の超高齢出産で、出産時はトラブルもあり大変でしたが、無事に健康に生れてくることができました。浅田レディースクリニックの先生方、看護師の方々、培養士の方々、スタッフの皆様方には感謝の気持ちでいっぱいです。
 ちなみに40歳の時に採卵、受精、凍結していました。しかも、再凍結、再溶解した受精卵を二つ戻したので、妊娠判定前や判定後も不安な気持ちでいっぱいでした。移植前には複数の先生に何度も「本当に再凍結卵で大丈夫なのか?」と質問ばかりしていましたし、移植後も再凍結卵を戻した方のブログなどを検索ばかりしていました。結果的に、何の問題もなく生まれてきて、先生方のことを信じて戻してよかったと思っています。今思うと、この子はすごい生命力をもって生まれてきたのだと思います。
 一度溶解した卵は若い方の卵でもそう簡単に再凍結することはできないと聞きました。高齢で採卵したにもかかわらず、それができたのはこの子の生命力?!1回目の移植では選ばれず、それでも「生まれてくるのは私だよ」とばかりに再凍結にいたったのかなぁと思っています。
 さらに、出産時も大きなトラブルがありました。後で助産師さんから聞いたのですが、一歩間違えれば、死産や脳性麻痺などの障害をかかえて生まれてきてしまうようなトラブルでした。にもかかわらず、様々なラッキーに恵まれて、元気に生れてくれたのはやはりこの子の生命力?!娘の生命力に感謝、感謝です。 子育ては20代のお母さんも40代のお母さんもやることは変わりません。出産直後から生活は変わりますし。泣きたくなることもしょっちゅうですが、子育てはとても楽しいです!
 今、治療されている方、迷っている方、浅田レディースクリニックを信じてがんばってください。私がそうでしたが、仕事と両立を心配されてなかなか第一歩が踏み出せない方も多いかと思いますが、なんとかなります!どうしても無理なら仕事は他の方でもできます!私がいうのもなんですが、年齢的なリミットが来る前に、全力投球してください。
レター

2016年02月に出産された患者様から

掲載日:2017年10月 6日
みなさん、治療中は本当にお世話になりました。報告遅くなってしまい申し訳ありません。2月に帝王切開で出産して、バタバタと毎日がすぎ、もう5ヶ月です。他の病院で人工授精を10回してもダメで、じゃまた次にしてみようねーと前に全く進まない治療に、お金の無駄と、同じ事の繰り返しの治療で、疲れはて、1年間休んでしまいました。
 そんなとき、ずーっと子供ができなかった友達が、浅田LDCで、妊娠したと聞き、最後にもう一度がんばってみようと、通いました。私の年齢を考えるとすぐ顕微受精で始まりました。前の病院のときは、通うのもいやで、とにかく苦痛でしかありませんでした。でもしょうがない、とイヤイヤの治療でしたが、浅田LDCは楽しいというか、まったく苦痛なんて感じませんでした。先生方、看護師のみなさん、すべての方を信頼しきっていたからだと思います。
 判定日も何回もダメだったし、1度妊娠して喜んでたのも束の間、診察で、心拍が止まってると思います。と言われ、号泣したときもありました。もう一度必ず、と羽柴先生に言っていただき、治療を再開しました。その時の年齢が44歳、誕生日の45歳までがんばってそれでもだめなら諦めようと思ってました。その間も、院長や他の先生方にもう無理ですか?と何度も聞いて、あなたの場合は採卵で卵も取れるし、受精もしてるから大丈夫だと思う と言われた言葉を信じてがんばりました。そして、残り2個の受精卵の1個がひっついてくれました。6月でした。妊娠中は筋腫もあり、自宅安静がありましたが、つわりもないと言っていいほど、軽く、2月に帝王切開で出産しました。
 今45歳、もうすぐ46歳になります。子供は今5ヶ月。体力的にもきついですが、すごいかわいいです。あのとき浅田LDCに出会わなければ今の幸せはありませんでした。本当に本当にありがとうございました。先生方、いつ寝ていつご飯を食べて、いつ休憩してるんだろうといつも思ってました。お体に気をつけてくださいね。本当にありがとうございました
レター

2016年01月に出産された患者様から1

掲載日:2017年10月 6日
私は35歳の時に、卵巣腫瘍と子宮筋腫摘出の開腹手術を受けました。そして、38歳になってから不妊治療を始め、1度の採卵、2度目の移植で男の子を授かりました。子供がいない人生というのも考えましたが、自分の性格上、可能性が少しでもあるうちにできる限りのことをしておかないと、あとあと「どうしてあの時、何も行動しなかったのだろう」と後悔すると思い、不妊治療を受ける事を決めました。
 不妊治療を始める前に、「40歳になるまで、2年間頑張ろう。それで結果がでなければそこで治療はやめよう。」と、自分の中で期限を決めて治療を受け始めました。検査や服薬、採卵、移植など、初めて経験することに、その都度緊張と不安を感じましたが、悲壮さはありませんでした。それも浅田レディースクリニックのスタッフの皆様や、院内の明るく清潔な雰囲気のおかげだと思っております。
 1度目の移植で着床ならず、2度目の移植の結果待ちの時、いつもの生理前の下腹の鈍痛が始まり(今回もどうせダメだったのだろう)と、なかばふてくされて結果を聞くため診察室に入り、浅田先生に「妊娠しています」と告げられ、あまりに驚いてその後の先生の言葉が全く耳に入りませんでした。
 初診受信前説明会で、浅田先生の強い口調に圧倒されたのを覚えていますが、それは浅田先生の確固たる自信と実績があってのことで、浅田レディースクリニックに通うことができたのは、私にとってとても幸せなことでした。この場をお借りして、浅田先生、スタッフの皆様お一人お一人にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
 一人でも多くの方がわが子と会うことができますよう、心からお祈り致します。
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2016年01月に出産された患者様から

掲載日:2017年9月29日
今、第一子の息子が遊び、第二子の息子がスヤスヤと眠っています。結婚後7年ほど子宝を授からず、タイミングや人工授精を経て体外受精に挑戦しました。1回目の採卵周期で出来た受精卵は1つだけ。大変落ち込みましたが、院長の方針でそのまま2回目の採卵周期に突入。2回目の採卵で受精卵は6つでした。1回目の移植は、陽性は出たものの心拍を確認出来ずに流産となりました。2回目の移植で長男を出産、3回目の移植で次男を出産することができました。
 今思えば、体外受精に切替えてからは、採卵周期は辛く感じましたが、妊娠しようがないので「妊娠しているかも」と思って自分の体調や体温などを過剰に気にすること無くなったのは良かったです。実際、移植~陽性反応が出た後、悪阻が始まる前まで、何の体の変化も感じず、こんなものなんだろうなぁと思いました。
 金銭的にはツライこともありますが、パートを新しく増やす事で気持ちも晴れましたし、夫の怪我による休職などもあり、当時は大変でしたが、付き添いをしてもらえてよかったと思えます。今回の第二子の移植周期は、初回と移植の日は名古屋駅前クリニックで、その間は、子連れで勝川で診察を受けられたのも助かりました。本当に、精神的な面も含め、サポートしていただきました。浅田レディースクリニックに通い、子供を授かり、家族四人で過ごす事ができて幸せです。
 今、治療を頑張っている方、始めようと思っている方に赤ちゃんを授かり、無事に出産できますよう、心からお祈りしています。
レター

2016年03月に出産された患者様から

掲載日:2017年9月29日
今年の3月に無事に女の子を出産しました。子育ては大変ですが、成長と笑顔に癒され、毎日楽しく過ごしています。浅田先生をはじめ、スタッフの皆さまに本当に感謝しています。
 私は結婚してすぐに自然妊娠しましたが、初期流産しました。35歳でしたが、またすぐできると思っていました。一年経って、焦りを感じ婦人科に受診し、私と夫のふたり共に子供ができにくいことが分かり、治療をはじめました。ちょうど夫の転勤が重なり、名古屋で体外受精ができるクリニックを探していたときに、浅田レディースクリニックに出会いました。
 説明会での浅田先生の治療に対する強い思いを聞き、『また、すぐにできるだろう』としていた一年間を後悔し、そしてこのクリニックですぐに体外受精をお願したいと思いました。採卵1回、移植3回で妊娠し、初診から9カ月で卒業することができました。受精卵の質があまり良くなく、妊娠に至った卵は、移植後残った最後のひとつを胚盤胞まで育てていただいたもです。採卵、移植、結果と気持ちが凹んでしまう時もありましたが、説明会を思い出し、最後までチーム浅田を信じることができました。
 不妊治療や体外受精に踏み切れない方がいると思いますが、少しでも早く受診して頂けたらと思います。かさねてになりますが、浅田先生、スタッフの皆さま、ありがとうございました。
レター

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